「天真に頼久も詩紋までおって、姫さん一人止められへんのかい」
「違うっつーの。自分の妹は自分で助けるのが普通だろーが」
「殿ばかり危険に晒すわけにいきません」
大の男三人が顔を見合わせて睨み合った図はなんとも威圧的だ。
だが実際に睨んでいるのはだけで、天真と頼久に至っては脂汗を流している。
『『……怖い……』』
「危険や解ってて、姫さん連れてきたんかいなあ?頼久」
「あ…あの…」
「自分の力で助ける?いきがるんやないよ天真」
「…い、いや…」
あかねは今までに見たことのないの表情に驚いていた。
いつも笑顔のが、笑みを全く浮かべていないのだから。
「ふざけンなよ?」
パン、パンと渇いた音が二回響いた。
その音にあかねと詩紋は眼を見開いた。
「…さん?」
が頼久と天真の頬を叩いたのだ。
「お前らの役目、なんや?言うてみぃ。八葉さんよぉ」
「…神子殿を…お守りすることです」
「…俺は!!!」
は二人に向けていた目線をスッと逸らした。
その瞬間二人の胸がズキリと痛んだ。
「オレがあの子助ける。せやからお前らはあかねちゃんを守りぃ。此処まで連れてきといてむざむざ鬼にあかねちゃん渡したらお前らコレ位じゃすまさへん」
「ああ…!」
「はい…!」
急に変わった空気に泰明は何かを感じ取った。
「神子、下がれ」
その声に全員が一条戻り橋に目を向ける。
すると辺りの空間が歪み、そこから黒い獣が現れた。
「…黒麒麟…」
は自分の呟きに驚いた。
何故自分はそんなことを知っている?
『神子ヨ 迎エニ来タ』
あかねの前に立ち、身構える天真と頼久。
詩紋もあかねの隣に立つ。
「まあ、待ちぃな。オレを連れてって欲しいねんけど。その代わり神子殿はちょお待ってくれんかな?」
『…守人カ ドチラニセヨ来テ頂ク』
黒麒麟はを背に乗せ、再び走り出そうとする。
ひとまずあかねは置いておくことにしてくれたらしい。
『先行ってるから』
口パクで皆にそう言ったの姿は黒麒麟と共に一条戻り橋の上から無くなった……。
「鬼の元に行かぬのか?」
「…俺やっぱりガキだったんだな…って思い知らされたよ」
泰明の問いには答えず、天真は自嘲の笑みを浮かべた。
「蘭のことにばっかり気が行って、あかねを守ることを疎かにしてた」
「…天真、それなら私も同罪だ。神子殿をお守りする任を与えられていたと言うのに…」
「そんなことより、早くさんを追わないと!」
あかねの声で先程まで勢いを失いかけていた二人が顔を上げた。
広い広い花畑、そこはまるで極楽浄土のよう。
は其処へ一人佇んでいた。
黒麒麟は彼を降ろすと何処かへ消えた。
恐らくは主―――鬼の首領の元へ行ったのだろう。
「此処が鬼さんの住処ね…またええ趣味してはる…ッ!」
どん、と背中に衝撃が走った。
何かがしがみ付いてきたのだ。
「……―――桂の…神子?」
「そんな名前で…呼ばないで。貴方には私を呼んで欲しいの…」
の背中にぎゅうっと縋りつく形で抱きついている蘭はか細い声でそう言った。
それはまるで、懇願のように――――…。
「…貴方が私の…守人なのね…。私の…」
「…ということは…蘭は“黒龍の神子”やったんやね……」
白龍の神子の対である黒龍の神子。
一般的な伝承では白龍の神子のことしか知られていない。
だから皆、神子は一人だと思い違いをしていたのだ。
「…守人は…黒龍の神子を守る者、そして龍の御霊を人の身でありながら宿す者…」
二人の前に現れた人物。
その人こそが正しく、京を騒がせ鬼の首領と言われる者。
「―――初めまして…やんなぁ?鬼さんよ」
「ククク…我が名はアクラム…。ようやく逢えたな…守人よ」
初めて対峙して悟った――――
きっと相容れることの無い相手。
「…客人が来たようだ。わざわざそちらから出向いて頂けるとはな…白龍の神子よ」
「…ッ…あの子らに手出してみぃ?その仮面叩きわったるからな」
「フン…口だけは達者のようだな。だが、あちらにばかり気を取られて良いのか?」
「いやあっ!!」
アクラムが手を高くかざすと、それに反応するかのように蘭が頭を抱えだした。
「何してんのや!」
「黒龍の力……我の為に働いてもらうのだ」
蘭の中にある黒龍の力をアクラムが操っているのだ。
それに反して蘭は強烈な苦痛に襲われる。
「やめぇ!!これ以上蘭を苦しめるな!!!」
「いずれお前にも私の役に立ってもらう。今は…大人しくしていろ」
そう言うとアクラムは一度指を鳴らした。
その瞬間頭に激痛が走って、は意識を手放した。
「此処に…天真くんの妹と…さんが」
「神子殿、あまり離れないでください。何処から鬼が来るかわかりません」
鷹通の忠告を聞いてもなお、あかねは急く足を止められなかった。
や蘭が心配な為どうしても気が焦る。
「きゃあ!!」
「あかねちゃん!!わああ!!」
しかしその時側の空間が歪み、あかねはそれに引きずり込まれた。
気づいた詩紋が手を伸ばすが詩紋も一緒に引きずり込まれてしまった。
「あかね!詩紋!」
天真がまた手を伸ばすが届かず、空間は閉じてしまった。
その上八葉達の周りも何か見えないガラスのようなもので覆われてしまった。
「なんだ!この見えない壁みたいなの!!」
「結界…か」
辺りの景色が変わり、目の前に一つの部屋が映し出された。
暗闇に慣れていない目が段々と見えてくる。
そして部屋の奥を見て皆が目を見開いた。
「…っ蘭!!!」
奥で横たわっているのは大切な人。