一晩寝て、起きれば不思議な事に体調はすっきりしていた。

昨日あれほど苦しんだと言うのに、まるで嘘のように快調。

泰明からも「問題ない。体内の呪詛は浄化されている」とお墨付きを貰った。











「よかったぁ…さんが元気になって」
「いやーオレも全くようわからんわぁ。昨日のはなんやったんやろーね」

縁側で詩紋とのほほんと笑っている人物は、昨日あれ程顔色を真っ青にし苦しんだ奴と同一人物とは思えない。







「そういやあ天真がおらへんけど…どっか行ったん?」
「あ、天真先輩は朝から出かけて…」




ザワザワと表が騒がしい。
?マークを浮かべながら詩紋とは外に出た。






庭先で言い争っている男が二人。
近づいてみればそれが天真と頼久である事が解った。
もう少し近寄ってみようかと思えば、何かに着物を引っ張られ足が止まった。



「あかねちゃん?」
「詩紋くん、さん。こっちこっち」




自分達を手招きするあかねはどうやら先に来て二人の会話を聞いていたらしい。
詩紋とはそのままあかねと同じ場所に隠れると天真達の会話が聞こえてきた。





「――じゃあっどうすればいいんだよ!!俺の妹が…蘭が…あいつまでが…龍神の神子だなんて…」






「!!」
「え…あの女の子も…龍神の神子…?」






あかねは白龍の神子。それは確実なこと。
彼女には龍の神気が宿っていると泰明も言っていた。





会話の続きを聞こうと、再び意識を戻す。



「あかねを渡すわけにはいかねえし…でもどうやって蘭を取り戻せばいいか…」
「私が一緒に行く。他にも武士団の腕の立つ者を何人か――」
「おい、何勝手に…」




「私が行くよ」



気づけば隣で会話を聞いていた娘が立ち上がりそう言った。
と詩紋も立ち上がり、二人の前に姿を現すと大層驚かれた。




「あかね…しかもまで聞いて…っ!」
「私が行く、それが一番手っ取り早いでしょ?」

「「駄目だ(です)!!!!」」


即反対の声を上げる八葉にあかねは引き下がらない。



「落ち着きぃ。皆あかねちゃんも危ない目に遭わせたないんよ。二人も自分らだけでなんとかしよ思うな」
「…けどよ…」
「…しかし、殿…鬼は貴方も狙っておられるのです」


「は?」




頼久の言葉にだけではなく、あかねや詩紋までが目を丸くした。








「鬼は守人と神子を渡せと言ってきました」
「そんな!さんまで?!」



悲痛な声をあげる詩紋に対して当の本人は逆に冷静だった。



オレが向こうに行けば、彼女を助けてやれるんやないか?
虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし…




「乗った。行ったろうやないか」

!何言ってんだ!!」
「そうです!殿!」
「やかましい。そないな口はオレに一度でも勝ってからにしぃ」


そう言われると何も言えなくなる青龍二人。
確かに手合わせでに勝った事は一度も無い。



「待ってよ!さんが行くなら私も行くってば」
「だーめ。あかねちゃんはお留守番しときぃ。あかねちゃんまでおらんくなったら藤姫ちゃんが泣き出しちゃうやろ」
「…でも!!」



引き下がらないあかねの頭に手を乗せ、軽く撫でる。
頭ごなしに否定しても、この娘は諦めない。
ならば諭してやるのが一番だ。




「オレが行ってくるのが一番確実やさかい。ええ子で待っててな」




柔らかい笑みで見つめられればあかねだけでなく、天真も頼久も詩紋も言葉が出てこなかった。
反対、するべきなのに、出来ない。


彼の背中が小さくなるまで、四人はずっと立ち尽くしていた。



















「はてさて、どうしたもんかぃね。泰明さんよ」
「何故判った?」



一条戻り橋の近くまで来て、は足を止めた。
背後からずっと着いて来る気配があったのに気づいたからだ。

泰明だと断定できたのは、足音にある。


もしあかねや詩紋、永泉だとしたら少し小走りで細かい足音がする。
天真やイノリだと少々荒々しい。
頼久は大柄で足早、友雅に至っては走らない。鷹通なら一定の間隔で小刻みに歩いてくる。



泰明はあまり足音をさせず、軽い足取りで歩いてくるのだ。



普通常人ではそんなこと区別がつきやしない。
は耳が良い為、聞きなれた音はすぐに聞き分ける事が出来る。





「アンタも此処に来る気やったんやろ?話し掛けてくれればよかったのに」
「私が行く先にまさかお前がいるとは思わなかったのだ」




泰明は胸中で考えていた。

普段なら自分は他者に声を掛けるのにいちいち躊躇わない。
そんな必要もないし、一言「おい」と言えば十分だ。

なのに、目の前にが現れただけでどうして自分は戸惑ったのだろう、と。






「鬼さんがオレとあかねちゃんををご所望らしいんや。あかねちゃん来させるわけにいかへんからオレ一人で来たさかい」
「何故わざわざ敵の前に出る?危険だと解っているのに」
「オレは強いから大丈夫やて。それよか、泰明は道繋げられるか?」
「少々難しいかもしれぬな…」




泰明は印を組もうと手を構えた。
しかしピタリと動きを止めたのでは?マークを浮かべた。

「どないした?」

呼びかければ泰明はくるりと首を後ろに向け、淡々と呟いた。




「神子達は何故隠れている?」












崩れた築地の傍に見える牛車。
がさりと音を立てる草むら。



は溜息混じりに一歩足を踏み出した。







「まーったくこのお転婆姫さんは」