「お兄ちゃん!!」
長い髪をなびかせながら少女が走って来る。
その少女の行く先にいるのは一人の青年。
もう一つの遥か
「…のん?」
青年は振り返り、少女が追いつくのを待つ。
それに気づき、少女は走る速度を上げた。
「ゆっくり来ればよかったんやで?そないに髪振り乱して走らんでも…」
「ううん、大丈夫!早く追いつきたかったんだもん。ねえ、お兄ちゃん一緒に帰っても良い?」
「ええで」
先ずこの少女と青年は血は繋がっていない。
少女が青年を兄と呼び慕うのは幼い時からの習慣。
青年が鎌倉に越してきたのは青年が小学校三年生に上がりたての時。
青年の家は少女の家の近くに越してきた。
親と共に少女の家へ挨拶に出かけた時、そこで紹介された。
『 や。よろしゅうな』
『春日 望美です!よろしくね。お兄ちゃんも一緒に遊ぼ!!』
少女は人懐っこい性格をしていた。
すぐさまの手を取り、自分の幼馴染達の所へ走り出したのだ。
『まさおみくーん、ゆずるくーん!』
『のぞみ、誰だ?その人』
『うちの近くに引っ越してきたお兄ちゃん!』
はそこで二人の少年に出会った。
兄の方はガキ大将で、弟はその兄に振り回されている。
でも仲はとても良かった。
『おれ有川 将臣!』
『有川 譲です』
『 や。二人共よろしゅう』
これが三人との出会いだったのだ。
は望美より三つ年上であり、有川兄弟を見て“兄”という存在に憧れていた望美は彼を「お兄ちゃん」と呼んでいる。
も別にそれを嫌とも思わず、妹のような存在である望美を可愛がっていた。
「お兄ちゃん。最近家の方に帰ってなかったみたいだけど何処か行ってたの?」
「従兄弟の家にちょっと住ませてもろとったんや。ちょっと今ウチごちゃごちゃしとるさかい」
「え…?なんで…?」
「うち引越しの準備で今寝るとこ無いねん」
の一言に望美が固まった。
急に足が止まった望美に気づき、も振り返る。
すると驚愕の表情をした望美が其処にいた。
「…引越し…?何処…に…?」
「海外らしいで。よう知らんけどオトンの会社が子会社作る言うて、オトンがそこの責任者になるんやて」
望美はの腕を掴んだ。
「のん…?」
「…嫌だよ…。お兄ちゃんが遠くに行っちゃうなんて!!海外なんて遠すぎるよ!」
ああ、成程。
とは納得した。
それで少女は泣きそうな顔をしてるのか。
は望美の頭を撫で、頬を引っ張った。
「ふえ!?」
「行くのはオトンとオカンや。オレかて学校あるさかい、ついていかへんよ」
「で、でも…引越しで寝る場所が無いって…」
「あの家オレ一人じゃでか過ぎるさかい、オレは一人暮らし用の部屋借りるんよ」
そこまで言うと、少女の手から力が抜けた。
泣きそうだった表情は涙を落とさずにすんだが間抜けな顔になってしまった。
「…吃驚した…。けどお兄ちゃん…ひどいよお」
「引越しは嘘やないからなー。でもオレも行くとは言うてへんかったやろ?」
悪戯が成功した子供のような顔をしては笑った。
それを見て望美は怒るのも馬鹿馬鹿しくなってしまい、次第に笑いがこみ上げてきた。
「…将臣くんや譲くんは知ってるの?」
「ユズは知らんと思うで。でもまーくんは一緒に物件見に行ったから知ってるで」
・・・・・・・・・・・・・将臣くん・・・・・・!!!
望美は自分と同じくを兄として慕ってきた幼馴染の顔を思い浮かべ嫉妬の炎を燃やした。
引越しの日当日、朝玄関前には三人の男女が立っていた。
「ありゃ?何しとん?」
「手伝い!どうせ一人で片づけするんでしょ?」
「俺ら暇だしよ。譲も飯作ってくれるって言うし!」
「兄さんが言うなよ…。そういうわけだから兄さん、任せて」
三人の申し出には心から笑顔を浮かべ、「おおきに」と言った。
住み慣れた我が家を後にし、新居を目指す。
其処は前の家より然程離れていないマンション。
春日家や有川家がマンションのベランダからよく見える。
「ねえねえ!いつでも来て良い?」
「お前…女が男の家にほいほい上がりこむのかよ…」
「何よ!そんなこと言って将臣くん絶対入り浸るでしょ!」
「いつでもおいで。ああ、それからほい」
三人には鍵を渡した。
それはが持っている物と全く同じ。
「え…これ…」
「ここの合鍵や。無くしたらアカンよ」
「…いいんですか?兄さん」
「オレなりの信頼の証なんやけど」
三人は頬が緩むのを止められなかった。
そして月日が経ち―――望美達も高校生になってが大学生になった。
幾日か後、が時代を渡ることになろうと誰が予測しただろうか――――。