何度輪廻を巡ろうとも、醜い争いは絶えず



どの世も血は流れ、穢れを撒き散らす




どれだけ加護を与えようとも、どれだけ慈しもうとも

その心は届かぬのだろうか




我は一寸の欠片でも願ってはならなかったのだろうか






ただ、人が作る世で共に生きてみたいと――――――
























「……夢か?」


妙にリアルな夢。
登場人物の感情がそのまま自分に伝わってきた。
ふと目を擦ってみると、涙の跡がついていた。


「…泣いた…?」














君おはよう!」

「おーおはよう、花梨。なんや機嫌ええなぁ」

「わかる?今日からはもっと上手く行きそうで嬉しいの」

「そか。良かったなあ」



花のような笑顔を見るとこちらまで自然と頬が緩む。
先程見た夢のことは忘れよう―――――そう思えるほどに。













どうやら昨日の作戦はの思惑通りに上手くいったようだ。
その証拠に、本日迎えに来た勝真の頼忠に対する態度が少しだけ柔らかくなっていた。




「…よお」

「…ああ」




取り合えず出会いがしらに火花を散らす、と言ったことは無くなったので一安心。
これから歩み寄れば良いのだ。





さて、此方の心配の種が一つ片付いた事では新たな決心をした。





それは院にいるという、もう一人の神子。
彼女との接触を図ろうという事だ。

“もう一人の神子”と言うことは白龍の神子の対のである黒龍の神子である可能性が高い。



「紫ちゃん、院にいるって言う神子のことなんか判ってることあるか?」
「そうですわね…。お話に聞いたところでは院の奥でいつもご祈祷をしてらして姿を御見せにならないとか」
「うーん…名前とかは?」
「それは―――」













「院にいるのは平 千歳―――。俺の妹だ」












答えたのは紫ではない。

勝真だった。






「妹…?」
「まあ勝真殿の妹君でしたの!?」

「ああ。だがアイツは神子なんかじゃない。周りに囃し立てられてその気になっているだけだ」









「―――ホンマに、そうか?」







「何…?」


まっすぐとの瞳が勝真を見る。
その強さにのまれ、勝真は一瞬言葉を失う。


「たとえそうだとしても、院に認められているという事はなんらかの確証がある言う事やろ」
「だが…。…、お前は一体どっちの味方なんだ?お前は花梨が神子だと信じているんだろう?」
「どっち、って区切ってたらなんも見えへんやろ。平等な目で物事見んかったら後で後悔するんは自分やで」


は勝真に向けていた視線を逸らし、外へと向かった。



様…?」

「ちょお出てくるわ。―――そろそろ役目を果たさなな…」




最後に小声で呟いた部分は誰にも聞こえなかった。






























一人、京を歩くはまた今朝の事を思い出していた。







『オレでない、けれどオレの感情―――――…。

 何もかもに絶望し、全てを壊してしまいたくなった。

 何に期待し、何に悲観した?

 何を信じ、何に裏切られた?

 分からない…』






自分には覚えが無いことのはずなのに、妙に懐かしさを感じた。
夢に惹き込まれる、いやそう言った次元の話じゃない。

あれは間違いなく自分自身が感じた記憶。






「…おかしいやろ。オレは…誰や…。“ ”やろ…。じゃあこの記憶はなんや…。



  


  オ レ は 誰 や?」






を幼い頃から知っている従兄妹の花梨だっている。
幼馴染達と過ごしてきた記憶だってある。



なのに、自分が自分だと言う事に疑問が生じ始めている。












フラフラとおぼつかない足取りで立ち寄ったのは船岡山。
人のいないところへと足を向けている内に、こんなに遠くまで来ていたようだ。


京を見渡せる場所まで登りつめたは樹を背もたれに座り込んだ。







「……なんで、こないに不安定に…」





何故こんなに考え事ばかりが頭を廻るのだろう。
前はこんなんじゃなかった。

日々やらなければならないことが多くて――――…














「迷っているのか?」


「!!」







ふと聞こえた声。
周りに自分以外の人間がいないことは確認した筈。
そして、この声は今この場所にいるはずがない人物のもの。







「…己に迷いを抱けば、足元を掬われるぞ」


「なんで……。なんでお前が此処におんねん――――
アクラムっ!




金の髪に、顔を隠す仮面――。

前の時代でも見た、その風貌は絶対に忘れられない。







「それはこちらとて同じ―…守人とまた出逢おうとはな。先代の神子に力を授け、消えうせたと思ったが」

「そら生憎やったなぁ?きっとお前さんがおるから消えれんかったんちゃう?」



軽口を叩きながらも警戒を怠らない。

互いに一対一の状況、だが手を出す気は双方共に無い。




「お前が捜している神子は……黒龍の神子は我が元にいるぞ」
「!…蘭の時と同じか。また「勘違いしてもらっては困る。神子は望んで此方にいる」!?」



の頬に汗が流れる。
正反対にアクラムは涼しげな顔で答えた。





「神子は京を救いたいと願った。私は“力”を与えた。だがその力の使い方は神子自身が決めたこと…。私は何もしておらぬ」
「…上手いこと言うて、口車に乗せたんちゃうんか。誰がそないな話信じろ言うねん」
「信ずるかどうかは貴様が決めれば良い…。だが、己の神子が誤った道を歩んでいるのなら…止めてやるのは守人ではないのか?」
「!!!」




悔しいが―――正論だ。


自分は止めるどころか、接触すら出来ていない。
例え、神子がアクラムに唆されているとしてもそれを助けてやれない自分がどうのこうのと口を出せるわけがない。




「どうする…?貴様が望むなら…神子に会わせてやる」
「……」




は何も言わなかった。





























夕暮れ時、花梨は縁側でを待っていた。
自分より先に館を出たと聞いていたのに、戻ってみるとまだ帰っていない。
誰かと一緒に出た様子も無いらしく、行き先を告げてもいない。


それ故、花梨には不安が押し寄せていた。





「…また、いなくなっちゃったりしないよね…?」




がいなくなった時、花梨は知らなかった。
ある日、メールをしても返事が返ってこなかった。
まあ、そういう時もあるだろうと思っていたら一週間経っても音沙汰なし。

今までの彼なら必ず何かしら連絡をしてくれていたのに。



おかしいと思い、自宅に電話をしたら知らない男が出た。
とても焦った様子で、只ならぬ空気を察し状況を聞いた。



『はいっです!!!』

『え…?誰…?そこって の自宅ですよね…?』

『あ…俺は兄…さんの幼馴染なんスけど…。貴女は…』

『私は…従妹なんです。どうして、貴方がそこにいるんですか?』

『……実は…兄…ここ二週間程連絡が取れなくて…。大学にも行ってないらしくて』

『…っ!!』










それがまさか、自分も来たこの異世界で再会出来るとは思っていなかった。

久し振りに会った従兄はこの世界にとてもよく馴染んでいた。
それが、いかにどれだけ長くいたかを物語っている。





「…まさか君…もう戻らないつもりなのかな…」





不安がどんどん増していき、じっとしていられなくなった。
何処へ行けば良いかわからない、けれど待っているだけならあの時と同じだ。

花梨は立ち上がり、外へと行こうとした。
紫が止める声も聞こえたが、足は一向に止まる気配は無い。




「お待ちください、神子様!もう日が暮れます!供もつけずに外へ出ては危険です!」
「お願い!行かせて!!待ってたら、君どんどん一人で先へ行っちゃう!!」





駆け足で廊下を曲がると誰かにぶつかった。
反動で後ろに倒れそうになるが、腕を掴れ支えられる。




「…大丈夫か?」

「か、勝真さん!さっき帰った筈じゃあ…」

「少しに話があってな。戻ってるかと思ったが…お前のその様子じゃ帰ってないみたいだな」


焦燥感を顔に出した花梨を見て、勝真は心中で溜息を吐いた。
朝の話の続きをしようと訊ねてみたのに、本人は不在。
行き場の無いモヤモヤが胸の中に渦巻くのが分かった。







「捜しに、行くんだろ?付き合ってやる」

「――へ?」

「違うのか?」

「ち、違わないです!!お願いします!」






勝真が同行することで紫の許しが出た。
だが夜は怨霊の動きも活発になる、それ故あまり長時間にならないことを条件とされた。

近場から捜してみようと、東寺・神泉苑を回ってみることにした。



その間、勝真がポツリと話し始めた。


「…朝、俺の妹の話をにしたんだ」
「妹さん…?」
「俺の妹は院で“龍神の神子”として奉りたてられている。お前が来る前からな」


言外に、まだ花梨を神子として認めていないと聞こえた気がして花梨は少し俯いた。



「ああ、勘違いするな。俺はアイツを神子だなんて思っちゃいない。確かに幼い頃から不思議な力があったと女房達が噂していたが…」



そこで言葉は途切れた。
花梨が勝真を見ると、勝真は前を向いたまま驚愕の表情を浮かべている。

その視線の先を追っていくと、一人の少女と黒衣の青年。








君っ!…隣にいるの…誰?」

「……千歳……」



花梨の声が聞こえたのか、が此方を振り返った。
そして隣の少女も。






「…花梨…勝真…」

「……兄上と……白龍の神子…」