花梨は少し困った事になっていた。


先日の件以来、天の八葉と地の八葉が揃ってようやく呪詛解除に向けて動けると思っていた。

だが花梨が思っている以上に対立は根深いものらしく、中々互いに協力しようと言う気が双方に見られなかった。





一番困ったのは青龍組と朱雀組だ。
前者は互いを毛嫌いするあまり険悪なムードになりがちだし、後者は育ちの違いがいつも気まずさを生み出す。
この二組と比べればまだ白虎や玄武はマシ、と言える。




そこで、花梨は考えた。






君!お願い、明日ついて来て!」
「ほえ?」




紫と一緒にお手玉をしていたは突然の花梨の申し出に目を丸くした。
ぼたぼた、と床にお手玉が全て落ちる。




「どないしたんや。もしかして上手く行ってへんの?」

「…一応、院の呪詛を解くには朱雀と青龍を解放すれば良いことがわかったの」
「ほう」



「でもねっ!」
「どわっ」



ぐわっと迫る花梨にのけぞったは後ろに倒れた。
それでも花梨は止まらず話し続ける。





「あの四人会う度に気まずくなっちゃって全然協力しようって気が感じられないの!」
「さ、さよか…」
「どうしたら良いんだろう…。深苑君にも言われたの。“絆”が感じられない八葉では力が強くならないって」




火が消えたように落ち込む花梨。
は手を伸ばし、そっと頭を撫でた。




「…せやなあ。八葉っちゅうのに、バラバラやったら鬼どころかあいつら怨霊にすら勝てんようなるわ」
「そんな…」
「確かにオレが明日ついて行って奴等に一言言えば話は早い。けど花梨、お前かて解っとんやろ?」
「…」
「オレが言うたところで一時しのぎや。あいつ等が心から信頼しあわんと意味が無い」
「じゃあ…どうしたら良いの…?」




不安そうな表情で見上げる花梨には笑顔を見せる。


「安心しぃ。なんとかはしたる。間に挟まれた花梨が可哀想やからな」
「…ありがとう、君…」






取り合えず、今日のところは天の八葉だけで出かけて力を高めてこいと花梨を泉水と幸鷹に任せる。
土地の力を高めておかなければ院の呪詛に使われている怨霊を倒すことなど出来ないからだ。




花梨を見送った後、は落としたお手玉を拾い上げ考え込んだ。






「どうしても駄目そうなら…少し荒療治と行こか?」

























次の日、一応は絆を高めると言う目的の元青龍の二人を連れて花梨は出かけようとした。
だがの姿が見えないことに気付き、足を止めた。


「花梨、どうした?」
君がいないの…。朝から全然姿見てない…」
「お一人でお出かけになったのではないでしょうか」
「でも私より先に出ることなんて無かったのに…」


不安が渦巻きだした胸中、花梨はを捜そうとした。
すると紫と深苑がやって来た。






「神子様、様より言伝をお預かりしております。泰継殿との用事があるから先に出かける、とのことでございます」
「悪いが今日はついていけない、とも仰っていた」

「そっか…。それじゃ仕方ないよね。…じゃあ行ってきます」



少し元気が無くなった花梨。

その背を見送りながら、紫と深苑は顔を見合わせた。






「兄様…よろしかったのでしょうか。神子様…なんだかとても寂しそうでいらっしゃいましたわ」
「仕方が無い。殿の頼みだ。それに我々としても八葉達に協力してもらわねば困る」

















花梨達は蚕の社、羅生門跡と来た後最後に石原の里に寄っていた。
先に寄った二箇所でも二人が協力し合う場面などは見られなかった為、少々花梨は気疲れしていた。



「…此処でも力の具現化しておかなきゃ…。…あれ?」



花梨が川沿いに近づこうとすると、辺りに黒い霧が集まりだす。
異常な空気を察した頼忠が花梨の手を引き、背後に庇う。


「なんだ?!此処の怨霊は追い払ったんじゃなかったのか?」
「追い払いましたよ!この間イサト君と彰紋君と一緒に…」
「花梨殿っお気をつけください!」




霧はやがて一つになり、大きな影になる。
出来上がった形は巨大な鼬だった。

花梨達の何倍もの大きさのある鼬。
長い手足を容赦なく振り回す。





「ぐっ!!」

「がっ!!」





「頼忠さん!勝真さん!」




重い一撃をくらい、二人は地面に倒れる。
なんとか体制を立て直し再び怨霊に向かっていくが、やはり二人は協力しようと言う姿勢は見せなかった。




「二人共っ!協力しなきゃ無理だよ!」

「誰がこんな堅物と!」
「こちらとて御免だ!」


しかし結局は何度やっても同じ結果になる。
近寄ろうとも二人は撥ね飛ばされ地面に倒れるのだ。


そうこうしている内に怨霊は花梨に目を付ける。
二人が地面に倒れている隙に花梨に長い爪を振り下ろした。




「キャアアアア!!!」


「花梨!」
「花梨殿!」






















「燃え上がれっ火炎陣!!!
「目覚めろ大地よ、地来撃!!!





花梨と怨霊の間に火柱が上がり、怨霊の足元の地面が牙をつき立てるように盛り上がった。





いつまで経っても衝撃が来ないことに気がつき、花梨は恐る恐る目を開けてみた。
すると自分を庇うように立っている二人がいた。




「……ん…イサト君!彰紋君!」




「大丈夫か?」
「お怪我はありませんか?」


「どうして二人が此処に!?」




「俺はちょっと散歩してたら、此処で怨霊が暴れてるって聞いたんだ」
「僕もです。女の人が巨大な怨霊がいると教えてくれたので」



朱雀の二人は基本、互いを毛嫌いしているわけではない。
少しイサトが貴族を良く思っていない事を除けば、彰紋からはイサトを嫌う要素は何一つとしてない。
だからこうして戦いの時は共に戦う事が可能なのだ。




「何やってんだよ、お前等二人して!花梨一人も守れねえのか!そんなんで京を守るなんて言えるのかよ!」

「…っ」
「…」


イサトの怒声に勝真も頼忠も返す言葉が無い。




「僕達も京を守りたいと言う気持ちは同じです。それに今は院や帝と言っている場合では無いでしょう?」




「彰紋様…」
「…申し訳ありません」


彰紋の言葉にイサトは目を見開いた。
帝側の代表とも言える『東宮』の口から“院も帝も関係ない”と言う言葉が出たからだ。



「へ!お前貴族のくせに変わった考えしてるな」

「この場では身分など関係ありません。僕も貴方方と同じ京を愛する人間の一人ですから」

「…俺お前のこと、少し勘違いしてた。貴族なんて身分の上に胡坐かいてる奴等ばっかだと思ってたから」

「イサト…。これから、分かり合えれば良いんだと思います。僕らお互いを知らなすぎたんです」






思わぬところで、朱雀組の和解。
これには花梨も頬を緩ませた。



「…っなんだこれ」

「…これは」



二人の宝玉が眩い光を放ち始める。



絆を感じた宝玉が二人に力を与えようとしているのだ。






「花梨っ」
「花梨さん!」
「うんっ!」




花梨がイサトと彰紋へ力を送る。
宝玉が更に光を放った。






「燃え上がれ――――。
火炎陣っ!!!!



「目覚めろ大地よ――――。
地来撃っ!!!







先程と同じ術、けれど威力が段違い。


炎は渦を巻き、怨霊の動きを止め
大地は裂け、奈落へと怨霊を落とした。







「……やった…やったよ!二人共!!」

「はは…これが俺の力…?…すげえ…すげえよ!」
「僕達に…これほどの力があったなんて……」

「二人が協力したからだよ!もっともっと力は強くなるんだよ!」




嬉しそうにはしゃぐ三人を見て、勝真と頼忠はただ無言になっていた。










































〜舞台裏〜





「…ちょおっとでかくなりすぎたか?」

「問題ない」



「しかしええタイミングでイサトと彰紋が来てくれたわ〜」
「鯛…民…具?」
「丁度良い時ってことやな。まあ呼びに行ったんも式紙やけど」



「しかし、このようなことをして何の意味がある?」
「阿呆、口で言うより目で見た方が実感出来るやろ!?しかも思ってたよりもええ出来やで」
「八葉達を協力させれば、力が高まる。同時に、互いのしがらみを無くさせる。確かに朱雀の二人は成功したようだが――…」
「まあキッカケを与えただけでもええと思うで。青龍の二人だって後々気付く筈や」




、このような回りくどいやり方ではなくお前が直接言えば良いのではないか?」

「嫌や、めんどくさい」

「…」
「嘘や。オレが言うて聞かせて、真の信頼が得られるとは思えへん。人の心までは他人が動かせるもんやないしな」
「心…。私にはよく解らない」


「誰にも、心を完全に理解するなんて出来へんねん」