「はぁい、こんちわ」
「――っ……殿!?」
「はい、さんでっす。やっぱりなぁ…武士団なら院の周りを警備してると思ったんや」
仕事で、白河の警備の任に当たっていた頼忠の前に現れた。
頼忠にとっては、この間突き放されるように別れてから一回も会っていない為どういう態度をとっていいか判らない。
「こ、この間は「あーそれは頼忠に謝ってもらうことやないねん。気にせんで」…しかし」
「気・に・せ・ん・で・?」
「…はい」
威圧感のある笑顔で言われれば頷く事しか出来ない。
「ちおっと風の噂で聞いたんやけどな?……院が呪詛されとるらしいやないか」
「!!!」
「隠しても無駄やで。神職に就いとる者ならすぐ解るんやからな」
「……」
言いつぐんだ頼忠の様子から無言は肯定の証とはとった。
しかも解決法も見つかっていないらしい。
はニヤリと笑った。
「呪詛を…解呪出来る言うたら…どうする?」
「本当ですか!?」
「ああ、本当や。せやから…検非違使別当と式部大輔の二人と一緒に星の一族の館へ行って貰えるか?そこで詳しい話をするさかい」
断る、なんて言わさねえぞコラ
背景にそんな言葉が書かれていそうな笑みでは言い、立ち去った。
残された頼忠はもう一度言葉を交わせた喜びと、行かないと恐ろしい事になると言う恐怖心がせめぎ合い全速力で幸鷹と泉水を探しに行くのであった。
後日、集められた四名は通された部屋でただ待たされていた。
イサトが待ちくたびれ、部屋を出ようとした矢先紫と深苑が部屋に入ってきた。
「皆様、お待たせいたしまして申し訳ございません。私星の一族の紫と申します」
「深苑と申します」
「星の一族…とは龍神の神子に仕える一族でしたね。ならば院にいる神子殿のお傍にいるのでは?」
幸鷹の言葉に紫が首を横に振る。
「いいえ。私達の神子様はこちらにいらっしゃいます。貴方方ももうお目通りされている筈です」
「…それは花梨殿のことでしょうか。でしたら…」
「待ってください」
泉水の言葉を遮り、部屋に入ってきたのは花梨。
「私が龍神の神子であるかどうかは今はどうでもいいことです。今気にすべきことは院に憑いた怨霊です」
「それを祓うには貴方方の協力が必要なのだ」
真っ直ぐの瞳は真剣そのもの。
この世界に来たばかりで戸惑っていた頃とは違う、神子としての自覚が芽生えた彼女の言葉には説得力があった。
「確かに…怨霊はどうにかすべきだと思います。…それに今貴女を神子であるかないか判断するのは早急すぎですね」
「幸鷹さん…。皆さんが私を神子と認めるかどうかはこれから一緒に行動してその目で見定めてください」
“神子”としてではなく、“高倉 花梨”と言う一個人としての言葉。
それは此処にいる全員の心に深く伝わった。
「…承知致しました」
「微力ですが…私も頑張ります」
「俺に任せとけっ!」
「よろしくお願いいたします」
ようやく天の八葉達の協力が得られ、花梨と紫は嬉しそうに笑い合った。
対照的に深苑は溜息を吐いていた。
神子と認められず、八葉もまだ半分…これでは神子の力が弱る。
そう思うと、この速度では遅すぎるのではないだろうかと心配になるのだ。
「それではこれからの事は追って皆様に文を出します。ご足労感謝致します」
「皆さん、これからよろしくお願いします!私頑張りますねっ!」
双方満足の行く結果が得られて、事なきを得たように思えた会合。
それは最後に泉水の落とした爆弾によって壊された。
「…あの、先日此方に黒衣を纏った御仁が訪ねて来られたと思うのですが…」
―――ピタ
幸鷹と頼忠の動きが止まる。
「黒衣……ああ、そっか!泉水さんに案内してもらったって言ってたんだっけ。それがどうかしましたか?」
「は、はい……。あの方はあれから此方には来ていないのでしょうか。是非、もう一度会ってお話してみたいと思ったのですが…」
「なんだ、泉水はもう会ってたのか。アイツ此処に住んでるぜ。なあ?花梨」
「うん。今は少し出てますけど……」
「「花梨殿!!!」」
「な、なんですか!?」
普段冷静な二人が物凄い剣幕で詰め寄って来たので花梨は裏返った声で返事をしてしまった。
「その方は少し変わった言葉遣いで話す方ですか!?」
「は、はい…私の世界で一部の地域の人が使うんですけど…」
「黒い髪に黒の水干を着てらっしゃいますか?!」
「着物は今違うけど…最初はそうでした」
「その方のお名前は………」
「花梨、ただいまー。土産やでー」
「「殿!!?」」
「うおうっ。なんやの、いきなり」
緊迫した空気もなんのその、平然と現れたに頼忠と幸鷹は声を荒げた。
数回目を瞬かせたは、自分が話題の中心にいることが理解出来ない。
「あ、貴方はもしかして花梨殿の……」
「あ、オレ?従兄妹」
サラリと幸鷹の質問に答える。
何も隠す事は無い、と堂々とした口調で。
まさかこんな所で出会うとも思わず呆然とする二人をそっちのけに、花梨はに近づく。
「お土産って?」
「帝側の四人」
の後ろに現れたのは、残りの八葉達。
四人共がまさか院側の人間がいる所に連れて来られるとは思わなかったらしく、中の異常な空気に戸惑いを隠せない。
「まあっ!八葉が皆揃われましたわ!!これで神子様のお力が強くなられます」
「殿…朝から出かけていたのはまさかこの為に?」
双子の頭を撫でながらはにっこりと笑顔を返す。
「だって片方ずつやってかんでも両方とも納得させたったらええ話やん。八葉にどんな顔ぶれがおるか知るええ機会やしな」
「おい、。帝側の奴等と手を組めって言うのかよ。冗談だろ?」
「帝を軽んじる者達と行動を共にする意味は無い」
今にもぶつかり合いそうな二組。
間に挟まれた星の一族と神子は険悪な雰囲気にどうしていいか判らない。
これを止められる人物はたった一人なわけで
「オレ、笑えん冗談は言わへんねん。意味があるか無いかはそんな数秒では判らへんやろ?」
絶対零度の微笑みでキッパリとは告げた。
言外に“ガタガタ文句ばっかり言うんじゃねえ”と含まれているようで八人は言葉を噤んだ。
「別に今すぐ認め合えなんて言うとらんやろ。お前等全員が花梨を神子と認めへん、言うたから連れて来たんや。
この子は“行動を共にしてみて、それから判断してくれ”ってそう言うとるんや。
やりもせん内から理由並べて断るなんざ大の男がすることやないやろ?結果、京のためになることなんやから」
正論だ。
そう言われれば益々何も言えなくなる八葉達。
そんな中、一人が勇敢にも口を開いた。
翡翠だ。
「はどうしてそこまで彼女の為にするんだい?彼女は龍神の神子として此処にいるのだから解るとして、君は何者なのかな?」
「――お前等が花梨を神子と認め、八葉として役目を果たすんやったら教えたるよ。オレも龍神の関係者やからな」
八葉としての務めを果たさない者達にとって“守人”は無関係な存在。
故に存在を証明する義理はない、とは言う。
「ふうん…。それではしばらく行動を共にさせて頂くよ、可愛い人」
「は、はい!ありがとうございます!」
流し目を花梨に向けて、翡翠は笑みを浮かべる。
にも女性達を魅了するような笑顔を向けたが、はそれをさらっと受け流した。
「おや、つれないねえ」
最初の発言以来しばらく傍観に徹していた泰継が、突如口を開いた。
「――私は暫くお前と行動を共にしたい」
その視線の先にいるのは、。
「…オレ?何故や?」
「お前からは先代の気を感じる。」
それはそうだ。
は前の八葉――安倍泰明の師匠の下で修行をしたのだから。
故に一番よく接していたのは泰明である。
フム、とは考え込んで終いに首を縦に振る。
「まあええやろ。オレは花梨の手伝いするわけやからな。文句言わずついてくるならええで」
「解った。では明日から私も此方へ出向こう」
これで帝側二人からははっきりとした答えを得た。
残るは二人―――勝真と彰紋。
「…僕は…。…僕も少し前向きに考えてみようと思います。花梨さん、殿よろしくお願いしますね」
「……まあ、お前には借りがあるしな。俺に出来ることなら…協力しよう」
良い返事が全員から聞けて、花梨と紫は喜び合った。
はにやりと笑って手を差し出すと、深苑はその手に己の右手を打ちつけた。
―――大、成功―――