花梨が外出を禁止されて三日後、紫と深苑はの所へ様子を聞きに出向いた。
同じ館内に住んでいるとは言え、は大概晴れた日は外にいるかすぐに出かけてしまうのでいるかどうかは判らないが。




「こちらでしょうか…様?」
殿おられるか?」




庭でが一番気に入っている樹に近づいてみる。
深苑はこの間この上にいるを見たことがある。






「…およ、どないしたん?二人共」




予測通り、は其処にいた。
眠っていたのか、気だるげに目を擦っている。





様、大分お疲れになっておられませんか?」
「んー…ちょっと昨日までずっと移動しっ放しやったからなあ…。嵐山まではちょお遠かったわ」
「昨日までで京の怨霊の気配が殆ど少なくなった。あれはやはり貴方の所業か?」


深苑の言葉には遠くを見る。
肩をぐるっと回し、そのまま樹から飛び降りる。




「でも、オレに出来るんは鎮めることだけや。封印は神子にしか出来へん」
「そんな事…っ!!貴方の守人の力で鎮められた怨霊は通常より復活が遅れる。それだけでも…」



深苑の頭にそっとの手が乗せられる。
その動作に言葉が止まる。

自虐のような言葉を吐いた自分を慰めてくれる深苑の心遣いがには嬉しかった。
言い方はキツイこともあるが基本心優しい深苑、穏やかな紫。
この二人が花梨の星の一族で良かったと心から思った。







「今の内なら怨霊もおらへん。花梨も安心して出られるやろ」
「そうですか。丁度イサト殿がお迎えに来てくださったことですし良かったですわ」
「その代わり、殿は今日一日お休み頂くぞ」




「は?」





「まあ兄様良い考えですわね。いつもお出かけばかりですもの。今日一日位ゆっくりしてくださいませ」
「我等はまだ“守人”と言う存在をよく知らぬ。貴方のお話を聞かせて頂きたい」



思わぬ申し出に目を丸くする。


の返答を待たず、紫は花梨とイサトを見送りに行った。
残されたは深苑にそのまま部屋へと連行された。































様、こちら宜しかったらお召し上がりになりませんか?」

「お、こらおおきに」

様、美味しいお茶が手に入りましたの。どうですか?」

「頂きますわ。ほんまや、美味い」




が今日一日家にいると聞き、女房達がこぞって差し入れを持って集まってきた。
元々身分の差など無縁な異世界から来たは誰にでも態度を変えないので、それが好感を持たれているのだ。






「まあ貴女達。何をしているのです?」


「姫様」
「だって様がお出かけなさらない折角の機会ですもの」


若い女房から年配の女房まではしゃいでいて、紫はとても珍しい光景を見た気がした。
基本屋敷内でこのように女房達が楽しそうに過ごしている姿を姫が直接目にする事は無い。
やはり身分の差からか、貴族と家来の間では一線引くのが常なのだが。



「紫姫もおいで。一緒にお菓子食べへん?」
「私もご一緒してよろしいのですか?」
「かまへんよ。一緒の方が楽しいやろ。その内深苑も来るさかい」
「で、では…」



あの真面目な兄がこのような状態を見て驚かないだろうかと紫は少し気にかかる。


の周りには自然と人が集まる。
それは男女問わず、子供から大人まで。

分け隔てなく与えられる笑顔は心地いいが、偶にそれが辛いと思うこともある。









様の特別な方にはどうやったらなれるのでしょう”










星の一族は代々神子に仕える為にある。
母や祖母の代では神子が現れず、一族の役目を果たす事が出来なかった。

その分、自分はある意味幸せ者である。

神子が現れる時は京が危機に瀕している時だが、それでも与えられた役目を全うできる喜びがある。




分不相応な願いだと言うのは解っている、けれど望まずにはいられない。









もし自分が普通の姫で、様が特別な御役目等を持っておらずただ一人の貴族の方だったら……




私達の関係は違うモノになっていたでしょうか































ふと気がつけば辺りは夕暮れになっていた。


いつの間にか眠っていたらしい、紫はぼーっと辺りを見回す。

自分の傍には兄が眠っていた。兄にしてはこんな風に無防備なのは珍しい。
あれだけいた女房達は皆いなくなっていた。
自分と兄にかけてくれている着物は彼女達が持ってきてくれたのだろう。



後一人がいない。




様……?」




まだ眠っている兄を起こさぬよう立ち上がり、ゆっくりと部屋を出る。
庭沿いの廊下に、はいた。

柱を背もたれにし、庭で舞を舞うようにひらひらと落ち行く紅葉を見ていた。







「起きたん?」

「あ…!申し訳ございません!!人前で眠ってしまうなど…」



貴族の姫がはしたない、と言われるだろうか。
幻滅されてしまうだろうか。




「ええんよ。今日はお休み、やろ?」



心配とは裏腹に、返って来たのは優しい笑顔。


それはいつも見る笑顔とは違っていて








“神子様の前でする笑顔”







「いつも花梨の為に頑張ってくれてるもんな。おおきに」



そっと大きな手の平が頬を撫でた瞬間、全身の血が顔に集まったんじゃないかと思う程熱くなった。





「…紫、殿…?」



「お、深苑も起きたか。おいでおいで」




様の前では私をいつも引っ張ってくれる兄様がまるで幼子のよう。
私が甘えてしまう分、兄様はいつも無理をしてしまう。
様はそれを解ってくださっているのかもしれない。




「もうすぐ花梨が帰ってくるかな。今日のことは三人の内緒やで」
「?どうしてですか?」
「自分がおらん時に楽しくお茶会しとったなんて知ったらあいつ怒るから」




いつもと違う、悪戯をした子供のような笑顔。





ああ、どうしてこんなに心乱されてしまうのでしょう。







私は、一体どうしてしまったのでしょうか。































「声?」

「うん…なんだか重くて辛そうな声だった…。そんでその後法勝寺が見えたの」



イサトと一緒に白河へ出向いた花梨はそこで不思議な声を聞いたと言う。
同行したイサトにはその声は聞こえなかったと言う、つまり神子だけに届いた声。


「んー…見た所穢れは受けてないな…。それやったら四神の可能性もある」
「そうですわね…捕らえられた四神が神子様に呼びかけたのかもしれません。法勝寺に赴いてみれば判りますわ」
「うん…それで帰りにイサトくんと行ったの…。そしたらお坊さんが何か困ってたから聞いてみたら、検非違使別当じゃないと言えないって…」



来た。
此処でぶつかる人脈問題。



怨霊は鎮められても流石にに人までは用意出来ない。



けれど院の土地で何か怪異が起きているのなら、見てみぬフリはしないだろう。





「花梨、もういっぺん行くで」
「ほえ?」
「恐らく怪異の噂が流れて白河の辺りをうろついとるはずや」
「な、なんの話をしてるの?」





「利害を一致させれば協力せざるを得んやろ」





その時のはとても不敵な笑みを浮かべていた。