「どうしてなんですか!貴方は八葉なんでしょう!?」
「私が八葉である証拠と、貴女が龍神の神子である証拠がありますか?」
そう、返された言葉はとても冷たいものだった。
龍神の神子として、どうやって務めを果たせるか花梨は考えた。
まずは八葉を集めなければ神子の力は高まらないと深苑に説明され、ならばと出会ったあの八人の所を回ることにしたのだ。
だが、こちらが前に進もうとしてもどうも上手くいかない。
彰紋や幸鷹、頼忠は自分の八葉にはなれないと言う。
皆、同じ様に言うのだ。
“龍神の神子は院にいる、貴女に協力する事は出来ない”
どうしてだろう、何故上手くいかないのだろう。
「花梨」
屋敷の外で待っていたは出てきた花梨の表情の暗さに肩を竦めた。
大体予想はついていたが、こんないたいけな少女に皆きつく言いすぎじゃないだろうか。
「……さ、次行こう!」
「…そやな」
それでも笑顔を絶やさない娘に心打たれる。
自分に心配かけさせまいと堪えているのだろう。
そっと頭を撫で、気付かない振りをしてやる方が良いのだ。
「花梨、疲れてへんか?オレもう疲れてしゃーないんや。一休みせーへんか?」
「くん……うん、そだね」
こうでも言わなきゃ彼女は休むなんて言わない。
手を差し出し、半ば強引にだがゆっくり休める落ち着いた場所へと向かう。
――――上賀茂神社に
「…う―――っん!気持ち良いー」
「此処なら空気も澄んでるし、気持ちも落ち着く。どや?」
「うん、すっごい楽になった気がする。」
此処に来て、ようやく肩の力が抜けた顔を見れた気がする。
それまでは「こうしなくちゃ、ああしなくちゃ」と気張った表情しか見られなかった。
その原因の一端が自分にも無くは無い。
だって自分は彼女に何もしてやれていないのだから。
『…このままじゃアカン…。京を守るどころか花梨が潰れてまう…。少女一人の肩には重過ぎる…』
出さないようにしてはいるが、気を抜くと溜息を吐きそうになる。
前の神子と八葉の関係を目の当たりにしたからこそ、現状を打開する策が見当たらないのだ。
「……ん?」
ふと違和感を感じる。
上賀茂神社と言えば霊力を高めるのに絶好の場所な筈、なのに息苦しさや偏頭痛のような症状が見られる。
「…花梨っ」
―――ドサ
遅かった。
花梨は青い顔をして倒れていた。
これは穢れに当たったのだ。
「アカン…なんで気付かへんかったんや」
は花梨を横抱きにして、急ぎ館へ戻る事にした。
ただ、ここから館まではかなりの距離がある。
その間、花梨を苦しめることになる。
「…っ此処にはおるか…?」
は後ろの山へ振り返る。
かすかな望みを託して、式を飛ばす。
「……」
ごくりと生唾を飲み込み、式の飛んでいって行った方向を見つめる。
『久しい気配を感じたかと思えば…お主変わらんのぉ』
「……天狗!!」
ばさりと翼をはためかせ、神社の屋根に降り立った姿は人外のそれ。
顔は布で隠されているが、手や声は老人のようなもの。
どういう関係かと言われれば、前回の八葉であった安倍泰明との一件以来の知り合いだ。
『ほう、穢れに当てられた娘か』
「せや…悪いけど花梨だけでも送ってもらえへんか?後で埋め合わせはするさかい」
『……フ、美味い酒と、晩酌の供をしてくれるならいいぞ』
「…おおきに!!」
天狗がパチンと指を鳴らすと、景色が揺らいだ。
足元が無くなるような浮遊感を受け、気がつけば目的地に着いていた。
「オレまで運んでくれたんか…。こらとびきり上等な酒持っていかへんとな…」
心中で天狗に感謝の言葉を述べ、花梨を部屋に連れ急ぐ。
事の次第を紫姫と深苑に黙っておくわけにもいかず、事情を話せば案の定二人は暗い顔をした。
紫姫は心配の余り泣きそうになるし、深苑は中々神子として上手くいかない花梨に歯痒さを感じているのだろう。
けれど、花梨が責められる言われは一つも無い。
彼女は頑張っている、見知らぬ世界で奮闘している。
帰る為と言う目的あってだが、それでも身一つで少女が奔走していると言うのに……
「なんで自分らの世界守ろうとせえへんねん…」
院にいるであろう神子に縋って祈るだけの民。
それで極楽浄土をもたらせ等と言い、共に頑張ろうと言う少女の手を跳ね除ける。
解っているのだ、も本当は。
花梨自身が周りを認めさせなければ意味が無いことを。
けれど、もう黙って見ているだけなんて出来なかった。
「――紫姫、深苑。ちょお頼みがあるんや」
「様…?」
「殿…?」
頼忠は一人林の中を歩きながら、思い返していた。
それは院から寄せられた言葉。
【龍神の神子と名乗る娘を見張り、逐一報告せよ】
先日現れた不思議な娘を監視せよとの命令を出された。
勿論武士たるものが上の命令に背く事は許されない。
けれどその矢先、その少女が自分の許へ来て「協力してくれ」と願い申し出てきた事が問題だった。
『頼忠さん、私の八葉に…なってください』
『それは……』
『……駄目なんですか…?』
『申し訳…ありません』
その時の彼女の傷付いた顔が頭を過ぎって離れない。
心がずっと何かに責め立てられているようで落ち着かない。
駄目だ、こんなに精神が乱れているなんて。
鍛練でもして、落ち着こうと糺の森へ足を向ける。
「…っ…あの方は…」
糺の森で見つけた黒い着物の彼の人。
それは見間違えるわけもない、もう一度会いたいと思った相手。
彼はどんどんと森の奥へ入って行く。
足は勝手に彼を追いかける。
だが、彼が樹を横切った瞬間姿が見えなくなった。
何故!?と駆け寄ってみれば頭上から声が聞こえる。
「何か用か?」
降ってくる声、自分より遙かに高い樹の上でその人はこちらを見下ろしていた。
「……殿…」
「頼忠やないか。オレの後なんか尾行てどないつもりや?」
「あ、いえ…私は……」
返って来る言葉には何処と無く棘を感じる。
自分はこの人に何か失礼をしてしまったのだろうか。
「あの…殿。私は貴方に何か失礼をしてしまったのでしょうか…?もしそれならば」
「なんや、それ。別に、オレが機嫌悪いのはお前には関係あらへん」
――――ズキッ
関係無いと言われた事がこんなにも悔しいなんて
頼忠は俯き、拳を握り締めた。
「ええから今はこれ以上オレに関わらんとき。お前の為にもな(これ以上いれば八つ当たりしとおなる)」
それだけ言うとはすぐさまいなくなってしまった。
残された頼忠はただ悔しさを噛み締めながら、突っ立っている事しか出来なかった。
「花梨、花梨」
「…く…ん?」
花梨は優しく起こされ、目を開けるとそこには微笑むの姿があった。
「深苑がな、ええもの作ってくれてん。これで楽になるで」
の後ろから深苑が照れながら手の平サイズの白い造花を持って現れた。
花梨が受け取るとその造花は光り輝いた後、しゅわっと消えてしまった。
「これ…。あれ?なんか凄い体が楽になった」
「清めの造花って言ってな。その花弁の枚数だけ花梨を穢れから守ってくれるんやて」
「様のお力も込められておりますからその効果は絶大ですわ」
「ありがとう、皆!これでまた頑張れるね」
笑顔を浮かべながらそう言った花梨に対して、は逆に表情を曇らせる。
「――…花梨、お前少し此処でじっとしててくれるか?」
「…君?」
「紫と深苑にももう言うとんねん。お前は八葉が集まってから動けば良いんや」
「ちょっと、待って。君話が見えないよ」
まだ納得していない花梨の頭を撫で、は部屋を出て行く。
引きとめようと掴んだ着物の裾をやんわりと解かれ、花梨はそのまま呆然と座っていた。
「…ねえ、紫姫どういうこと?」
「様は私達に仰いました。“先代の神子は始めから八葉と共にあった。神子を穢れから守るのも八葉としての役目”と…」
「“八葉もつけずに神子を外に出させるな”と我々に言われたのだ」
「だから様は八葉の方々が来られるまで怨霊を鎮めるのは任せろと…」
「…それって君が一人で怨霊と戦うってこと!?」
「いいえ、守人様には怨霊を制する力が宿っておられるらしいのです。ですから戦う必要は無いと…」
そう紫姫に言われても花梨はイマイチ信用出来なかった。
のことだ、きっとまた一人で無理をするに決まっている。
しかし、今回は自分の所為でが行動に出たのかもしれない。
そう思えば、止める手が勝手に引っ込んでしまった。
「きゃあああああ!!」
「助けてくれえええ!!」
阿鼻叫喚の響く宴の松原。
逃げ惑う人々、その中に一人立っている男がいた。
「…怨霊、おろちか」
陰陽師、安倍泰継。
怨霊の気配を察し、一足早く駆けつけた。
巨大な蛇は見境なく辺りを破壊してゆく。
泰継は懐から符を取り出し、まじないを呟きおろちに投げつけた。
しかしおろちの周りには見えない壁のようなものが覆われていた。
「何!?」
おろちはそれ程強い力を持った怨霊ではない、確かに泰継はおろちと同じ土の気を持つ為相性の上では不利ではある。
けれどそれを抜きにしても泰継の実力ならおろちに攻撃を防がれることなど無いと言うのに。
「結界やな」
「!お前は……」
泰継の背後から声を発したのはだった。
腰に挿した刀をゆっくりと抜くと、はおろちの方へ一歩一歩近づいていく。
「待て、どうするつもりだ。結界が張ってあると言ったのはお前だろう」
「あるんなら壊せばええだけの話や。あれは黒き龍の力、それならオレには効かへん」
「なんだとっ……」
泰継の言葉を遮るようにはおろちまで駆け出した。
抵抗しようとおろちも尾を振り上げてくる。
それをかわしながら、はおろちの眼前まで迫った。
「“止まれ”」
温度を感じさせない言葉におろちがぎぎっと固まる。
その隙に刀を逆手に持ち、先程泰継の攻撃を遮った透明な壁に斬り付けた。
ガシャン、と割れる音が響いた。
その瞬間泰継はハッと気付き、急ぎ九字を切る。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
今度はおろちに攻撃が届いた。
おろちが怯んだのを見逃さず、すかさずは刀で切裂いた。
「…ひとまずは落ち着くやろ。…けど神子の封印無くして怨霊の浄化は有り得へん」
刀を納めると足早にその場を去ろうとしたを泰継は見逃さなかった。
「待て」
その言葉に返事は返さず、ただ視線を送るだけ。
「お前は―――――」
「今は何も言う事はあらへん」
それだけで会話を終わらすとはすぐに背を向け歩き出した。
残された泰継はそれ以上何も言う事が出来なかった。
「…あ奴は何を…」
握り締めていた拳を開くと、汗をかいていた。
先程感じたの冷たい気に背筋が凍ったことを思い出した。
人ではない我が身が恐怖に体震わせたこと、それは初めて感じた「畏怖」。