さて、どうしたもんかとは考えた。
どうにかして神子に会わないといけないのだが、如何せん場所が判らない。


昔は向こうから捜してくれていたようだが、今回は流石にそれは期待しない方が良いだろう。
四人も八葉(候補)に会ったと言うのに誰も宝玉を宿していなかった位だ。
まだ神子として日が浅いのかもしれないし、忙しいだろう。



かと言ってもこちらから会いに行くことも出来ず、お手上げ状態だ。



「…どうするか……あーどないしたらええんやあ…」



樹の上野宿をしてしまい、腰や肩が痛い。
贅沢を言うなら、今日はまともな床につきたいものだ。




「…ん、誰か来たようやね…」




糺の森は比較的、気が澄んでいる為気配を読むのは容易い。
気配の主は森の奥深くまで入り込んで来た。



『こんな所まで…何の用や…?…あれは…!!!』



入ってきたのは穏やかそうな青年。
手に持っていた笛をそっと吹き始める。
その時に見えた、手の甲の玉。










『…八葉!!!しかも神子と接触済み!……昨日は見かけんかった顔やな…』










じっと聞いているとその笛の音はとても心地良く、体全体に澄み渡るように響く。
森が音を反響させ、癒しの効果を増大させる。


ものの数分程演奏を聴き、青年が笛を離した瞬間は拍手を送った。



「!!」
「めっちゃええ笛やったでぇ、感動した」
「…え?…あの…何処にいらっしゃるのでしょう…」



キョロキョロと辺りを見回す青年。
ああ、そうかとは樹から飛び降りる。

すると急に降って来たに青年は驚き、数歩後ろに下がってしまった。



「あーごめんごめん。驚かすつもりやなかってん。でも笛は凄かったでぇ」
「あ…ありがとうございます…。あ、貴方は…まさか天狗ですか!?」
「ちゃうちゃう。ちゃんと人間や。オレは、兄さんは?」
「源泉水…と申します」


の人のいい笑顔に安心したのか、泉水がそれ以上下がることは無かった。
警戒されないように幾らか距離を開けた状態では話を進める。



「泉水、龍神の神子に…会うたやろ?」
「……!確かに……神子と名乗る方にはお会いしましたが…何故、お分かりに?」
「その手の宝玉や。一瞬しか見えんかったけど、左手にあるやろ?」

「これが…見えるのですか…!貴方は一体…」








「お願いがあるんや、神子の所へ連れて行って欲しい」











泉水は正直悩んでいた。
正式に“神子”と呼ばれる方は院の奥にいて、会うことはまず叶わない。
昨日、“神子と名乗る”者には会ったが、彼は神子の所へと言った。

この場合どうしたら良いのだろうか。




「ああ、言い方悪かったか。じゃあ昨日泉水が会うた神子と言った人の所へ案内してや」



泉水の心を読んだのか、彼はそう言い直した。
それなら、と泉水は星の一族である藤原家へ案内することにした。



























「此処です…。けれど、私はまだ整理が出来ておりませんので中には…」
「ん、ええよ。おおきにな。此処まで連れてきてくれて」
「…いいえ…お役に立てて光栄です…!それでは…」


まだ神子と認めていないのか、泉水は邸に入れないと引き返していった。


「それじゃ行きますか。すんませーん」

















「神子様、八葉の方々も半分見つかりました。これならすぐに全員揃われますわ」
「うん…でも昨日それっぽい人にも会ったんだけどなあ…。違うって言われちゃって」
「あら…何故でしょう…。…何やら騒がしいですわね」


星の一族、紫と白龍の神子、花梨が話をしていると廊下でバタバタと足音がする。
足音の正体は紫の双子の兄である深苑。
息を切らして部屋に入ってきた。


「まあ、兄様どうなさったの?」
「深苑くん、大丈夫?」

「……っ…紫!…“守人”だと名乗る者が来た…!」
「…!!それは真ですか?」
「今、別室に待たせておる。…正直、あの神気は本物だと思わざるを得ない…」



深苑の様子に紫は両手を合わせて喜びを表す。

「…神子様に続き、守人様まで……これなら京はもう安泰です…」

「だが、まだ本物だと決まったわけではない。…紫、そなたの目でも確認してほしい」

「わかりましたわ」
「では呼んでまいる」



深苑は部屋を出て行ってしまった。
花梨は目の前で起こる状況に頭がついてゆかない。

ただ、ようやく解ったのは誰かが来ているということだけだ。



「ね、ねえ紫姫…誰が来たの?」
「神子様を助けてくださるお方ですわ。昔、八葉と共に神子様をお守りくださった“守人”様…」
「も…守人…?」




「紫、神子。入るぞ」



深苑の声がかかった。
どんな人物だろうと、花梨も紫も身を固くして待った。
緊張しているのが目に見えてわかる。



深苑の後に入ってきたのは真っ黒な着物を着た男性。
すっと静かに部屋に入るとゆっくり座り、頭を下げた。



「お初にお目にかかります。星の姫、神子殿…。僭越ながら、“守人”の役目を龍神より仰せつかった者にございます」


紫は感動して目をきらきらと輝かせている。
だが花梨は男性を凝視している。


男性がゆっくりと顔を上げた。




「私は と申し
「あ――――!!!!」

名乗った瞬間、花梨が大声を上げた。
紫も深苑も目を点にして花梨を見る。



「何事だ神子!いきなり叫ぶとは」
「嘘……」


深苑の言葉も届いていない様子。
花梨の視線は男性に集中している。



「……、くん……!」
「……花梨…?」




が名を呼んだ瞬間、花梨の目が潤んだ。
そしてがばっとに抱きついた。



「!」
「まあ、神子様!?」



紫と深苑は最早何に驚けば良いのかわからない。
花梨とが知り合いだったことか、いきなり花梨がに抱きついて泣き始めた事か。



「…っ馬鹿馬鹿!!心配したんだからね!」
「なんや、いきなり…。ちょお落ち着き。二人も驚いてるで?」
「……馬鹿―――!!」




取り合えず、花梨が落ち着くまで待つと紫が言ってくれたので話は中断。

二十分後、ようやく落ち着いたようで話を元に戻す。




「まあ、状況説明からやな。オレと花梨の関係は、従妹や」
「そうでしたの?!では何故神子様は泣いてしまわれたのでしょう?」
「…くん、…私の世界では…行方不明になってるの」
「嘘ぉ!あーでも…仕方無いか…。オレずっとこっちおるもんなあ…」

「…家に行っても何の手がかりも無いし…もしかしたら死んでるんじゃないかって…周りは言うし…」


再び花梨の目が濡れる。
まずい、とは花梨の頭を撫でる。



「大丈夫や、オレはしっかり生きとるやろ?」
「……ん」

落ち着いたのか、花梨はホッと肩の力を抜く。



「それで、話を戻しても構わないか?」

随分放っておかれたので、多少機嫌の悪い深苑。

「おお、スマンスマン。そんでオレが守人かどうかって話やけど。オレにも宝玉が見える。此処までは八葉の泉水に案内してもらったし」
「泉水…?まさか式部大輔の源泉水殿…!?神子、本当にあの方は八葉なのか?」
「え、うん…。昨日会って、宝玉があったし…」
「左手の平やろ?」
「…ほんとに見えてたの!?すっごい!!」



「まあ、でしたら本当に殿は守人様なのですね!!」
「……まさか伝承でも幻と言われた守人まで現れるとは…」
「八葉…。そういやあ昨日花梨は誰と会うたん?」
「え?えっとイサトくんと泉水さんと、頼忠さんと幸鷹さん」



はフムフムと頷きながら名前を繰り返す。


「イサト、言うんはまだ会ってないけど…状況から考えて天の朱雀や。どや?」
「…あ、合っている」
「そんなことまでお分かりになりますの!?」

「オレ昨日何人か会ってるんや。天地の青龍と玄武、それから天の白虎にはな。せやから会ってないのは地の白虎と天地の朱雀。
 んで、花梨が一番に名前を上げたのは最初に出会った奴やろ?」
「う、うん」

「どうやら院に天の八葉が揃っとるみたいやからな。院と帝で勢力争いがある時に帝の奴と一緒におったら天の八葉には会えへん」
「それでイサト殿が天の八葉だと判りましたのね…。素晴らしいですわ」
「…見事な推理力だ…」

用心深い深苑も素直に感心している。



「まあ勘も含めて、や。でも花梨…最初に院側の奴と一緒に行動したんやったら、お前院の人間やと思われるで」
「ええ?!そうなの?」

そうですわね…と紫も頷く。
深苑も確かに…と呟く。


「…結構勢力争いの根は深いみたいやからなあ…。帝側にいる八葉が…」
「そういえば、昨日会った人で八葉っぽいのに違うって言われたっけ…」
「誰や?そいつ。どんなの?」
「えっと…私と同じ年位で、明るい茶髪の…東宮って言ってたかな」

の記憶にそんな人物は該当しない。
地の朱雀か、地の白虎だ。


「東宮言うたら正に帝側やなあ…」


今回は少しばかり、苦労が増えるかもなとは呟いた。