ふらふらっと寄ったのは東寺。
昔からこの場所は好きだった。


線香の匂いや、寺の雰囲気は嫌いではない。
此処は何年経ってもそのままだな、と歩いてみる。





しかし何かが腰辺りにぶつかった。
何事か見下げてみると、泣いた子供。





「どないした?怪我でもしたか?腹減ったんか?」
「…っく、…母ちゃんが…怨霊に捕まって…誰か助けてってオイラ言ったのに…ぐすっ」
「何…!?何処や!?」
「ら…羅生門跡…」


泣く子供の頭を撫で、落ち着かせる。
不思議そうな顔をしてこっちを見上げてくる。



「待っときぃ。すぐに連れて来たるから」
「…ほんと?…母ちゃん助けてくれるの…!?」
「任せとき」


















その時、を見ていた男がいた。

が走り去ったのを見て子供に近づいた。



「おい、あいつは何処に行ったんだ?」
「…あの兄ちゃんはオイラの母ちゃん助けてくれるって…羅生門跡に…」
「…そっか。お前は此処でジッとしてろ。京の民を守るのは俺の仕事だからな」



男もまた、と同じ方向へと駆けて行った。



























―――羅生門跡。
瓦礫だらけの場所で、今は孤児達が寝泊りしたりする場所になっているが同時に怨霊の出没する場所でもある。



辿り着いた先にいたのは、怨霊小鬼。
その傍には倒れている女性。小鬼は女性を喰おうとしている。



「おっと、そこまでにしといてもらおか。ちょっおっとオイタが過ぎたんちゃうか?」
『…グルル…』



いきなり現れたに、標的を変えた怨霊。
だが、から滲み出る黒龍の気に怯んでいる。


元々、黒龍の力は怨霊を鎮めることが出来る。
それは怨霊の声を聞くことが出来るからだと言われているが、その分声に呑まれることもある。
怨霊の持つ悲しみや憎しみに引き摺られてしまうこともあるのだ。




「アカンなあ…。怨霊の封印が出来るのは白龍の神子だけやし…。オレの力じゃ追い払うのが精々やな…」


見るからに丸腰のに怨霊は勝てると判断したのか襲い掛かってきた。
だが、元より武器を持たない
かかってくる怨霊に立ち向かおうとした、その時―――…




「伏せろ!!!!」
「!?」



何処から飛んできた声に、身を屈めると矢が怨霊を掠めた。
矢の飛んできた方向を見ると、弓を構えている橙色の髪をした青年。

怨霊は怒り、攻撃を青年に仕掛ける。




「っ!」
「らっきぃ。今の隙に…」



は青年に注意が惹き付けられている間に女性を安全な場所へ保護した。
見たところ、生気を少し吸われ気を失っているだけのようだ。
これなら少しすれば目覚めるだろう。



「…よし、今度はあっちやな」



青年は果敢にも怨霊に向かっていく。
その姿がまたしても誰かと被る。


「…此処にはそっくりさんが多いんやねえ…」



そんな呑気な事を呟きながらも、は印を組む。
昔安倍邸で学んだ陰陽道。
まだ力は衰えてはいない筈。




「……臨める兵、闘う者、皆陣裂れて前に在り…、呪符退魔!!!!」



の術が怨霊に直撃する。
動きを止め、致命傷を与えた。

「今や!」

「……ああ!!」



青年の射った矢が怨霊の眉間に刺さった。
断末魔の悲鳴を上げ、怨霊は消えていった。




「…やったのか?」


「一時しのぎや。怨霊は浄化せな、消えん」
「…そうだ!あいつのお袋さんは?」
「無事や、もうちょいしたら起きるやろ」
「そうか…」



ホッとした笑みを浮かべる青年、だが次の瞬間どっと座り込む。



「どないした?」
「…いや、怨霊って奴と正面から戦ったのは…初めてでな」
「初めてにしちゃあええ動きやったで?」
「こういうのは陰陽師の仕事だからな…。京職の俺は精々民を安全な場所へ誘導したり……!そういやお前陰陽師なのか?」
「いや、ちゃうよ。まあ軽く修行はしたけど」
「あれで軽く…かよ…。でもありがとな。俺は平勝真だ、お前は?」
。よろしゅう、勝真」
「お、おお…」


いきなり名を呼ばれ、勝真は驚いた。


だって、あまりにも自然で不快さを全く感じさせなかったからだ。
むしろ、そう呼んで欲しいと望む自分がいた。



「さて、早いとここの人連れていかなな」
「あ、俺が…」

「え?」


連れて行く、と言う声は発せずに飲み込まれた。

は外見は小柄と言うわけじゃないが細い。
恐らく無駄な筋肉が付いていないだけなのだろうが、勝真と比べるとの方が細く見える。


だが、ひょいっとは女性を抱き上げた。

しかも凄く余裕に。



「……いや、なんでもない」



ほんの少し、敗北感がよぎった勝真だった。





















「…ん……此処は…」
「母ちゃん!!」
「もう大丈夫やな。良かったな坊主」
「うん、ありがとう兄ちゃん達!!」


女性が目を覚まし、子供は泣きながらしがみ付いた。
泣く我が子をあやしながら女性は頭を下げる。


「助けて頂いて…本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいか…」
「ええねん。礼ならコイツに言ったってや。一人で怨霊に立ち向かってったんやから」
「っおい…待て、それは」
「まあ…ありがとうございます。このご恩はけして忘れません」


女性に感謝の言葉を述べられ、何も言えなくなる勝真。
ふとを見れば、いつの間にかいなくなっている。



「…!あいつ……」





助けられたのは、むしろ俺の方だ。

自分の力量を知りながらも、無謀に怨霊にくってかかって。

アイツ一人なら余で勝てたかもしれないのに、態々俺に華を持たせるようなことをして。






「今度会ったら覚えてろよ……



今度は、必ず俺が助けるからな。
































「…何か用?さっきからついてきてるやろ」


は最初にいた場所、糺の森へ戻ってきていた。


羅生門跡から感じていた視線。
それが己に向けられたものなのか、はたまた勝真になのか確認する為此処まで歩いてきたのだが…



どうやらこの視線の主はに用があるらしい。






「…先程、お前が使った術…。それは我が一族に伝わるものだ。お前は何処で会得した?」


ゆっくり木の陰から出てきたのは無表情な青年。
感情の篭っていない瞳にを映しながら、淡々と喋る。



「……そうやね…先代の文献を紐解いてみたらどうや?安倍の者なんやろ?」
「…お前は何者だ…?」
「…オレはお前を知っとるんやけどなあ…。安倍泰継…やっけ?」
「もう一度問う、お前は何者だ?」



は泰継に背を向ける。



「お前の存在でようやく解ったわ。だから教えたる。……オレは“守人”や」
「…それは…先代が八葉だった時に現れた……まさか、お前は」
「それ以上は、神子と会ってからや。ほな、さいなら」



はゆっくり歩いて森の奥へ進んだ。

泰継は追いかけることもせず、ただその場に立ち尽くしていた。




「……“守人”…先代と…共に神子を守り、戦った者…」







あの者は神気を纏っていた。
そのような者は神子と……“黒の守人”しか在り得ぬ。


だが先代の書にも、ほんの少ししか記されていなかった。
まるで、その者の存在を広めない為に……




























「今日だけで…天地の青龍、天の白虎、地の玄武に会うたな…。だけどどれも宝玉が無かった…。
 ちゅうことはまだ白龍の神子と出逢っていない…?」



連理の賢木に寄りかかりながら指折り数える。
八葉のうちまだ半分にしか出会っていない。

黒龍の神子もまだ見つけられていないし、白龍の神子とも出会えていない。







「こらあ前より骨が折れそうやなあ…」