が花梨の元を去ってから、七日が経過した。
その間、八葉達は互いの壁を取っ払い帝だ院だと言い争う事も無くなった。
不器用ながらも協力し合って、京の為に尽力を尽くそうとしていた。
これは喜ばしいことなのだ。
けれど、日に日に花梨の元気は無くなって行った。
何故なら“もう一人の神子”の存在が頭を過ぎり、そしてそれに付き従えている青年のことが気になるから。
「…くん…」
「神子様…」
それを心配しているのは紫。
八葉の前では神子として気丈に振舞っている花梨。
けれど一人で涙することが多くなった。
折角再会出来た大切な存在。
その人が自分の目の前で離れて行った。
それがどれだけ悲しいものか、母を亡くした紫には痛いほどわかった。
「神子様」
「あ、紫姫!どうしたの?」
他の皆には心配をかけまいと涙を隠す花梨。
けれど目は赤く腫れている。
「…神子様、今日はお休みくださいませ」
「え…!?でも」
「神子様や八葉の皆様方が毎日頑張ってくださるお陰で京はよい方向へ向っております。
今日一日ゆっくり休養して、英気を養ってくださいませ」
紫の気遣いが解らぬ花梨ではない。
ただ、気づかれないようにしていたつもりだったのにばれてしまったことが少しだけ恥ずかしかった。
『紫姫には適わないなあ…』
お言葉に甘え、迎えに来た彰紋と一緒に散歩へ行くことにした。
「うーん!!いい気持ち!」
彰紋とやって来たのは嵐山。
紅葉が美しく、空気も澄み、穏やかな場所である。
「此処はよく来るんです。ここでしたら気分も落ち着かれると思います」
「ありがとうございます!!景色も綺麗だし、最高ですね」
笑顔を浮かべる花梨。
だが、彰紋の目にはそれが無理をしているようにしか見えなかった。
「あの…差し出がましいようですが、花梨さん。最近夜眠れていますか?」
「…どうして?」
「女性に対して失礼でしょうが…少し目元に隈が出来ています。それにどことなく、苦しそうです」
「…大丈夫ですよ。少し枕が合わないのかも〜」
「僕達では…お役に立てませんか?」
その一言に花梨の動きが止まった。
「確かに僕達は最初貴女を信用していなかった。貴女の心を傷つけた…、貴女は僕達の世界の為に頑張ってくれていたのに」
「けれど、今、僕や勝真がイサトや頼忠と協力出来るのは貴女のおかげなんです。…だから今度は僕達が殿に代わって」
「誰も!!!君の代わりになんてなりません!!!」
振り返った花梨の瞳は涙で溢れていた。
「誰も私のことを信用してくれてないのに、君だけは変わらず信じてくれた!!!
私が苦しいの言わなくてもわかってくれた!!
いつも“頑張ったな”って褒めてくれた…。
君だけ…だったのに」
涙で言葉が上手くまとまらない。
けれど勢いも止まらない。
「どうしてまたどこかに行っちゃうの!!!?
どうして私を追いてくの!!??
…どうして私じゃなくて、あの子の所にいるの…?」
もうぐちゃぐちゃだ。
折角我慢していたのに。
頑張ろうと思って、閉じ込めていた感情が溢れてしまった。
「もう…しらないっっ!!!皆勝手だよ!!!
“京を守れ”だとか“お前は神子じゃない”とか!!
じゃあ私は何?!なんで此処にいるの!?君がどこか行っちゃう世界なんて…知らない!!!!」
「花梨さん!!!」
花梨は嵐山を駆け下りてしまった。
普段駆け回るなんてしない彰紋には山道を走って花梨を捕まえることなんて無理だった。
それでも懸命に追いかけるが、あっという間に花梨の姿は見えなくなってしまった。
「…ハア…ハア…。どうしよう…見失ってしまった…」
彰紋はその場で立ち止まる。
頭の中では、花梨の言葉が繰り返される。
『もう…しらないっっ!!!皆勝手だよ!!!
“京を守れ”だとか“お前は神子じゃない”とか!!
じゃあ私は何?!なんで此処にいるの!?』
「…僕達は…随分甘えてしまっていたようですね…」
あの小さな少女の肩に全てを乗せてしまっていた。
勝手に巻き込んで、勝手に重荷を背負わせていた。
「…殿…
貴方はこうなることを予期していたのでしょうか…」
「こうは、なりたなかってんけどなあ」
「え?」
ばか 馬鹿 バカ
みんなも、私も、君も…
もう嫌!!!
闇雲に山道を走っていると、木の根に足を引っ掛けて転んでしまった。
受身を取ることも出来ず、地べたに体を打ち付ける。
「いた…」
体中があちこち痛い。
心も、もう限界だ。
「やだよ……。君…助けてよ…」
『花梨、また転んだんか。お転婆さんやなー。ほら、背中乗りぃ』
昔は、助けてくれたのに
手を貸してくれたのに
「置いていかないって言ったじゃない…」
『ねえ、君?何処かに行くのも仕方ないかもしれない。けど、絶対黙って行かないで』
『もう何処にも行かへんよ。花梨に心配ばっかりかけてまうから』
『ほんとに?約束だよ』
『せやなあ…。それなら、オレがどっか行くときは一緒に行くか』
『うん!!!』
『置いていったら泣いてまうからなあ』
『…からかわないで!!』
ゆっくりと体を起こし、手のひらを見つめる。
手の皮は擦りむけ、血が滲んでいる。
じわりと痛みが広がる。
「…いたいよ…君…」
「お転婆さんやね、花梨は」
―――え…
「ほら、手見して?ああ、女の子がこないに傷作ったらアカンな」
嘘……
「堪忍な、勝手に出かけて。ええ子で待っとったか?」
これは、夢?
それとも、幻?
「花梨?」
夢でも幻でもない。
欲しかった温もりが、ここにある。
「…っばかばかばかばか!!!!何処にも行かないって…言ったのに…!また…私を…置いてった…!!!」
「ああ、大馬鹿者や。…ほんまに堪忍な」
「許して…あげないんだから!!!いくら謝ったって…ふっ…う〜〜〜」
涙が止まらない。
言いたいことが沢山あるのに、上手く喋れない。
だけど、私を引き寄せて優しく撫でていてくれる手が心地よくて
私は泣き続けていた。
「様!!!…よくぞお戻りになられて…、わたくし…わたくし」
「紫姫…花梨を助けてくれて…ありがとうな」
「そんな…勿体無きお言葉で…うう…」
「ああ、そないに泣かんといて。ほんまに悪い奴やね、オレは」
日も傾きかけた頃、下山した花梨達は紫姫の館へ戻ってきていた。
の姿を見るなり、泣き出してしまった紫姫を宥め今までの経過について話すことに。
「彰紋、院に憑いた怨霊と帝に憑いた怨霊は封印出来たようやな」
「ええ。四神を皆解放し、無事怨霊を封じることが出来ました。…ただ」
「深苑やな」
の言葉に紫姫の表情が暗くなる。
そう、深苑は館を出ていってしまったのだ。
「…あいつは今、千歳の所におる」
「え!?…本当?」
「ああ…恐らく、こちらとは別のやり方で京を守ろうとしてるんやろうけど…」
「ねえ、どうして君は千歳の所へ行ったの?」