君…その人、誰?」


「……この子は…」



君、どうしてそんなに暗い表情しているの?

どうして、私の目を見てくれないの?










「私は龍神の神子、貴女と同じよ」



「!!」


「けれど、貴女と私は違う。貴女には私の苦しみは解らない―――…解る筈も無い」


「千歳っ!お前何を…」






勝真さんが一歩前に踏み出すと、女の子はびくっと体を震わせ一歩下がる。
そして君が前に出た。





「それ以上、近付かんといてくれ」




「…?お前もお前だ。一体何をやっている?!」

君…。ねえ、君帰ろう?一緒に帰ろうよ」







君の首が縦に揺れることはなかった。

その代わり、とてもとても悲しい瞳が私達とぶつかった。










「 ご め ん な 」











その言葉はどういう意味?


その泣きそうな笑顔はどういう意味?














君は女の子を連れて、私達の前から遠ざかろうとする。
追いかけたいのに、足が動かない。
待ってと言いたいのに、声が出ない。




女の子が牛車に乗り込むと、勝真さんが走り出した。




!!!ふざけんな!!ちゃんと理由があるなら言えよ!」

「……“八葉” “神子” そして………“守人”」

「……は?」

「…陰陽の理、そして守人は黒い龍…」







とても小さくて聞き取れなかったけれど、勝真さんには届いたようだ。
伸ばしかけた手を下げ、牛車に乗り込む君を見送っていった。

















どうして?


どうして、行ってしまったの?




何か考えがあるの?



でも、それなら何故教えてくれないの?





いつも



いつも貴方は一人で行ってしまう




















君!!!」



花梨は飛び起きた。
汗をびっしょりかいた自分の体、速い心臓の音。

床に入った記憶が無い。
いつの間に眠ってしまったのだろう。


しかしそれならば先程まで見ていた光景が夢だったのかと思い、の姿を捜した。
暖かく『おはよう』と言ってくれる声を捜した。





けれど、何処にも無い。





しばらくして、小さな足音が聞こえてきた。
音の軽さから、紫なのだと判る。





「神子様、お目覚めになられましたか?」

「…紫…姫…。私…どうして…」

「…神子様は昨夜気を失われたのです。勝真殿が此処まで神子様を連れてきてくださいました」








達が行ってしまった後、花梨は倒れてしまった。
あまりの衝撃に、体が、頭がついていかなかったのだろう。




「…神子様、八葉の皆様がお集まりになっております。此方へ」
































八葉達は揃いも揃って暗い顔をしていた。
特に、青龍の二人は酷いものだ。


頼忠は、がいなくなったと言う事実を受け止めきれないのか今だ呆然としている。
勝真に至っては直接、自分達を距離を置くを見てしまった所為で気を落としている。


八葉だけではない。

花梨を呼びに行った紫は目が赤く腫れているし、深苑は今にも泣いてしまいそうな顔をしている。




花梨はかける言葉が見つからない。
いつの間にか、と言う存在がこんなに皆の中で大きくなっていた。





一人、ただ一人だけ



泰継だけは何かを考え事をしている。





「勝真、先程の話だが――確かにはそう言ったのか?」

「…ああ、聞き間違えはしていない。確かにこう言ったんだ。


 “八葉…神子…守人。陰陽の理、そして守人は黒い龍”と」





「…八葉、神子…陰陽…黒い龍…。………そうか!


急に声を上げた泰継に全員の視線が集中する。

泰継は紫と深苑の方へ向き直る。



「八葉に天地の理があるように、神子も陰陽の理がある。つまり、神子は二人いる

「…っ龍神の神子って二人もいるのかよ!?!」

「黒い龍、とは即ち黒龍。陰の神子は黒龍の守護を受けているのだ。対となる陽の神子は白龍の加護を受けている」

「では、“守人は黒い龍”と言うのは一体…」

「恐らくだが…我等八葉が白龍の神子につくものだとすれば、守人は黒龍の神子につくものだと言う事ではないだろうか」




花梨の胸に痛みが走った。
それはつまり、は自分の元にはいてくれないと言う意味だと思ったから。
現に、千歳と一緒には消えてしまった。







「それでは…殿は千歳殿の元から戻ってはこないのでしょうか…」

泉水の言葉が重たく響く。




「でもよっ!あっちも龍神の神子なら別に俺らの敵ってわけじゃねえじゃん!?」

「立場上は同等でも…彼女は彼女なりに京を救おうとしている。我々と手を取り合っていく気なら、あの場で立ち去りはしないさ」



イサトのほんの少しの希望をかけた言葉も、冷静な翡翠によって打ち消された。


そう、敵ではない。

けれど、味方でもないのだ。







「…どうして、同じ龍神の神子なのに…わかり合えないの?どうして…君は何も言ってくれないの?」
「神子様…」



花梨はスカートを握り締めた。
手の甲には雫が落ちる。



「花梨さん…きっと、殿にも何か考えがあるのでしょう。でなければ大切な身内である貴女を残してはいきません」
「そうだね。彼がいかに君を大事にしているかはここ数日でよく解ったからね。大丈夫、を信じなさい」

「彰紋君…翡翠さん…」



二人の言葉は素直に嬉しいのだが、それでも涙が止まらなかった。
いなくなったことも悲しいが、目の前で自分ではない別の女の子と去ってしまったことがとても胸を痛ませるのだ。






「…我々も出来ることから始めましょう」

「…幸鷹さん…?」


「花梨殿が神子だと判った今…いいえ、我々が認めていなかっただけで彼女は最初から立派な神子でありました。

 そのことを殿は最初から我々に教えてくださっていた。なのに信じられなかった。自分達の京が危機に晒されていても…。

 これから、我々は前に進むべきなのです。殿に教えていただいた事を無駄にしない為にも」




幸鷹の言葉に、八葉全員がまとめられていく。
花梨の涙も止まった。

が望んでいた光景が、今目の前に広がっている。






「そうだなっ!俺達が京を守らなくちゃいけねえのに落ち込んでる場合じゃねえ!」

「今も怨霊に怯える声は沢山あります。この力、京の民のために使わなければ」





「みんな……」




あれだけ院だ帝だと対立していた面々が手を取り合っている。
もうそこに壁は無かった。

彼等には“絆”と言う繋がりが生まれたのだ。












































「まだ…まだよ。これでは京を救えない……」


「千歳…」


……貴方なら解ってくれるでしょう?私は京を救わなければならないの…これが私の使命なの…」


「………っ」