ああ…この感じ…。
何年、何十年経っても変わらへんのやなあ…。



オレがこの京へ来た時と同じ……
























紫の持つ水晶に映る黒い光。
黒は不吉の象徴と言うが、この光にはそれは感じられない。
むしろ、神々しさが溢れんばかりだ。


「兄様、この光は…」
「まさか…これが伝承に残された…“申子"だと言うのか?!」
「ですが、“陰の力が京を覆う時、龍の力受け継ぎし若者。神子を助ける光となるであろう”…先程神子様のお力を感じました。
 ならば申子様も現れるのでは…?」
「……わかった。紫、捜すぞ!」
「はい!」




星の一族より生まれし双子、深苑と紫。
京を覆い尽くすほどの陰の気に気がついてながらも、神子が召喚されなければ龍の加護を得ることは出来ない。
苦虫を噛み潰す思いだった、その時、神子が現れると紫の占いに現れた。


現れる場所や時期を特定しようと紫は試みた。
すると、神子と思われる光と相反するように黒い光が現れたのだ。



「神子様が現れたのは………大内裏ですわ」
「申子の方は判らないか…?」
「…判りません。反応がまだ弱すぎますわ…」
「仕方無い。今は大内裏へ行くぞ」

































…鳥の声に木々のざわめき…。

此処は森…?



懐かしい空気が己の体を包む。
ああ、此処は知っている。よく来ていた場所だ。
霊力に満ちた場所、糺の森。


瞳を開いてみれば、見えるのは空だけ。
ゆっくり体を起こし、今自分がいる場所を把握しようと辺りを見回した。










「…寝相は良い方やと思ってたけど…。これは凄いなあ…」








なんと今いる場所は結構背の高い樹の上。
自分で登ったのならまだしも、此処にいること事態知らなかったのだから落ちなかったことを表彰したい。

しかし、どうやって降りよう。

見れば足場もあまり無い上に、木登りをするような歳でもない。
こんな高い樹から降りる経験が無い為、どうしたら良いか判らない。





「……めんど。ええわ、普通に降りよ」




考えるのが面倒くさくりなり、其処から飛び降りることにした。
着地時に少々足は痺れるんやろうなーと呑気な事を考えていたら、下に人影が飛び込んできた。

見れば腕を広げている青年。
まさか、自分を受け止めようとしている?



「…は?ちょ、ちょお其処の兄ちゃんどきぃ!!」

「……っ!!!」


まさか人が飛び込んでくるとは思わなかったし、空中じゃどうすることも出来ない。
そのまま落下し、下の者巻き添えに無様な着地をした。
















「……つー…。あたたた…おい、兄ちゃん無事か?」
「……なんとか」


自分の真下にいる青年は見たところ、武士のようだ。
しかし何処かで見覚えがある…。




「申し訳ありません。未熟な己の所為で…」
「いや、謝られても困るけど。せやけどなんでわざわざ飛び込んで来たんや?」
「貴方が落ちているのかと思い…。まさかあのように高い樹から飛び降りる人間がいるとは思いませんでしたし…」
「ああ助けようとしてくれたんやね。まあそれはおおきに。けど上から落ちてくる人間受け止めるんは容易くないんやから無茶したらアカンよ」
「はい…」



やはり、見覚えがある。
硬い物言いに、礼儀正しい態度。



「これも何かの縁やろうな。兄ちゃん名前は?オレは
「私は源頼忠と申します。殿、ですね。貴方は何処かに仕える武士なのですか?」


身のこなしも常人と思えませんし、と頼忠は言う。


「……そーやねえ。仕えてるっちゃあ仕えてるかなあ。……龍神に」
「え?」
「なんでもあらへん。ところで頼忠…っと名前で呼んでもええ?」
「構いません」



「……なんでオレに敬語使うん?」



「…!…何故か、自然になってしまうのです」
「……(そーいう喋り方しとると益々あいつに見えてくるわ…)ま、ええか。自然なら仕方ないわな」



頼忠はどうやら鍛練をする為此処へ立ち寄ったらしい。
ならばこれ以上彼の邪魔をするわけにもいかないし、時代の情報も欲しい。
取り合えず京へ向かうことにした。



「ほな、また何処かで会ったらよろしゅう」
「はい。お気をつけて」




頼忠に別れを告げ、森を出る。























あの方から感じる空気は只者ではなかった。
空から落ちてきた時は神々しささえ感じたほどだ。

思わず受け止めに行ってしまったのは、早くあの方の瞳に自分を映してほしかったからかもしれない。


初対面なのに、何故か懐かしさや嬉しさのようなものを感じた己がいた。





あの方と別れた後も考えていた。
また何処かで会えるだろうか、もう一度言葉を交わせるだろうか。


そんなことを考えていた時、背後から来る気配に気付かなかった。
まだまだ修行不足だ、私は。


振り返れば、少女。
彼女は私を見て驚いていた。
そして、耳に感じた熱。


「あの――…貴方は八葉じゃありませんか?」





































「…あんま変わってないなあ…」


京の雰囲気はあまり変化は無い。
けれど京を覆う気が少し淀んでいる、と言う事はまだ四神の加護が失われていると言う事だろう。
自分が目覚める時は黒龍に何かあった時、と言う証拠だから。



「…と言う事はもう神子は現れてる…?」


ピタリと足を止め、気を集中させた。
守人と黒龍の神子は繋がっている。
ならば気を辿れば神子の居場所が判る筈だ。




だが、



「…どういうことや?…気が…何かに遮られてる…?」





幾ら探っても、神子の気が感じ取れない。
それどころか、京の気自体上手く廻れていない。




前とは違う状況に、一瞬混乱した。
だが頭を振り、今自分がするべきことを考える。




「…落ち着け、オレ…。オレはなんや?“守人”や。オレがうろたえていたらアカン…」






少し落ち着こうと、方向を変える。

行き先は――…神泉苑。



















「…っふう…。取り合えず、此処なら…ゆっくり考えもまとまるやろ…」



水面を見ながら思うのは、最後の記憶。



白龍の神子に自分の力を結晶化させた石を渡し、八葉達が受けた呪詛の身代わりをしたことで力尽きた。
回復を速める為に永き眠りについた…。

うっすらぼんやりだが、黄龍の気配も感じた。
京は無事救われた……筈だったが?



しかし自分がまたこうして人里に降りたと言う事は、黒龍の神子が現れたと言う事。
自分は神子を守る為にあるのだから。

神子が現れると言う事は、京に危機が迫っていると言う事。



嫌な方程式が出来上がる。




「あー…わからん」




「どうか致しましたか?気分でも優れないのでは?」



膝を抱えていると誰かに声をかけられた。
気遣ってもらっているのは有難いが、今自分は少し混乱しているだけ。
心優しい人に心配をかけてしまったのは申し訳ない。





「いや、ちょお考え事や…、体はどこも悪うないんよ」
「そうですか。それなら良いのですが…」



(…また、や。何処かで見たような…)


其処にいたのは、見るからに知的そうな官僚。
手には幾つか資料を抱えている。
仕事中だと言うのに、道端にいる自分の心配までするとは…どれだけ出来た人物なのだろう。
いや、人が好いと言うのか?




「此処は綺麗な場所やな」
「ええ、私も同感です。例え京に穢れが及ぼうとも、此処だけは変わらず清浄であられる…」


「……龍神の神子、が現れたって聞いたけどそれ本物?」


「…もう噂になっているのですね。確かに、お姿を拝見した方も少ないと聞きます。疑われるのも無理はありません。
 けれど、院の寵愛を受けておられる方です。そのような言葉、院の耳に触れでもしたら罰せられますよ」



驚いた。

カマをかけてみたのだが、神子は本当に現れているらしい。
しかも“院”と言った。
一体どういうことだ?


「それは怖いなあ。…でも信用してない奴もおるんやろ?」

「帝勢力の方々はあまり神子を信用してはおられませんが…」


今度は“帝”?
勢力、ということは院と帝と言う勢力争いがあるのか?

厄介だ……。もし八葉が二分していた場合、協力することは出来るのか…。






「方々は…ということは、兄さんは院派ってことや?」
「立場上そうなりますね。ああ、申し遅れました。私は藤原幸鷹と言います」
「おおきに。、とでも呼んでや」
殿ですね。…見たところ、何処か名のある貴族のように見受けられますが…お家は…」
「ああー気にせんといて。貴族なんてそんな大層なもんちゃうし」



まあ着物自体は黒龍に用意してもらったもんやしなー…。
この世界で名字があるのは貴族だけ、って前のことで学んだし、迂闊に名乗らんようにしてるだけ。




「仕事の途中やろ?中断させて堪忍な。でも話相手になってくれて嬉しかったで」
「いえ…」
「それじゃあ」



























去ってゆく背中を見えなくなるまで見送った。

民を気遣うのは当然のこと、別当として人としてそうするのが当たり前だと思っているからだ。


だけどあの人を見つけた瞬間、どうしても関わらなくてはいけない気がした。
この人と会話をし、名を交換し…そうしなくては後で後悔すると、もう一人の自分が言っている気がした。



仕事中だとかそんなことは全然気にならなかった。
この空気を味わえるのは、今この時しか無いのだと自分に言い聞かせて。




“話相手になってくれて嬉しかったで”




その言葉が頭から離れない。
あんな世間話でも、たった数分のことでもそう言ってもらえるのなら。


もっと、もっと貴方が喜ぶことをしてあげたくなる。






だけど、何故そう思うのだろう。

初めて会った相手に、偶然出逢った相手に。








考えても尽きない疑問に気を取られていると、首筋に熱が走った。

そして目の前に現れた、少女。



「貴方は――…八葉ではありませんか?」








この少女との出会いが、後にあの人との再会に繋がることは今の私はまだ知らなかった。