「今日はもう日が暮れる。部屋を用意するのでな、ゆっくり休まれるが良かろう」




この時代は移動手段は徒歩か、馬。
それも何日もかけての移動。




それを解っているからこそ、お館様がこういうのも無理も無い。





しかし、今日は困る!!!





政宗殿がこの城にいる間、いつ兄上と接触してしまうかわからない。
どうしよう、どうすればいい?!









「落ち着いてって旦那。大丈夫だって、俺様も協力するからさ」
「佐助…。ウム、よろしく頼むぞ…」











とりあえず、兄上には無理を言うが今日の食事は部屋で取って頂こう。
政宗殿は兄上の部屋から一番離れた客間に泊まってもらい、なるべく出会わないようにさせる。


これが佐助と某で考えた応急策。


そして、一番の難関はあの鋭い政宗殿にばれぬようにすること。


なので、あまり某は口を出すなと佐助に言われた。(←顔に出やすい為)



















「おい、幸村。てめえ飲んでねえじゃねえか」

「そ、某は酒はあまり得意ではござらん…」
「同盟が成立した祝いの酒だろうが。飲まねえと破棄すんぞ」
「政宗様!!もうそれくらいになさいませ!」









どうやら今夜の竜の旦那は飲みすぎてるようだね。
これならさっさと部屋に押し込めちゃえば朝までぐっすり眠ってくれるかも…。



でもとりあえず、少し師匠の様子を見てくるか。















今宵は満月。
空に大きく丸い月が浮かぶ。

全てを見透かしているような月が、俺様に光を浴びさせる。






「師匠、食事終わった?」

外から呼びかけてみるが返事は無い。

「入るよ?」


寝てしまったのかと思い、障子を開ける。








そこには、月明かりに照らされながら月を見上げる師匠の姿があった。




「…あ、佐助?悪い、ぼーっとしてた」
「別に。月でも見てた?」

「まあな、あと…考えてた」
「何を?」








「…あの子…かすがって子は…まだ怒ってるかな?」
「え?かすが?」




なんでいきなり?



「あの子…一番悲しそうな顔してた…。こっち来る時も、目も合わせてくれなかったし…」
「アーー…」



アイツは師匠のことを本気で尊敬してたからね。
尊敬なんてもんじゃないか、もうアレは愛だよ、愛。
もし上杉の旦那に出会ってなかったら、今もアイツは師匠を想っていたかもしれない。






「大丈夫だって。あいつも理由は知ってるし。ちょっと拗ねてんだよ、すぐ戻るって」

「…佐助も、ごめんな」






ああ、そんな悲しい顔しないで。

いいんだ、今は

アンタが戻ってきてくれただけで。




佐助は小さな子供にやるように頭を撫でた。
は目を白黒させて佐助を見上げた。




「なんか新鮮。こんなの師匠相手に普通俺様出来ないよ」
「ガキ扱いしてんのか…?」
「とんでもない」




照れくさそうに、でも嬉しそうな様子の
佐助もそれを見て、こころなしか暖かな気持ちになった。












そこへ、嵐が舞い込んだ。
















「何かコソコソしてると思ったらこーいうことか?猿飛よ」









「…竜の旦那…」






先ほどまで広間で幸村達と酒盛りをしていた政宗が佐助の背後にいた。

幸い、佐助が影になっての姿は政宗に見えていないがそこに誰かいると言う事は政宗に気づかれている。







「おかしいとは思ったぜ。いきなり思い出した記憶。何か解りきった様な幸村。そして、良いTimingで出てくるお前」






政宗は部屋に足を踏み入れた。
佐助は自分の体でを隠すようにして立つ。







「どけよ。俺はただ伊達政宗として、武田の人間に挨拶をするだけだぜ?」

「良いよ、別に。この人はそんな上の立場でもないし。竜の旦那直々に挨拶なんてとてもとても」
「じゃあ言わせて貰うが、真田直属の忍のお前が何故そこまでソイツにこだわる?」




「……」




この男だけは、本当にやりにくい。
聡いというのもそうだが、自分の疑問に思ったことを全て追求してくる。
流してくれれば良いのに。















「佐助、オレはもう覚悟は出来てるよ」


「…それ、どんな覚悟だよ」





これは俺がやりたくてやってるだけなんだから。
アンタは何も気にしないでいいのに。







「どれだけ罵られようと、責められようとオレにはそれを受けて当然だし。アイツにはその権利がある」

そういうと師匠は俺を押しのけて前に出る。






この位置から
竜の旦那の目が見開かれるのがわかった。





「……………?」




「ああ、そうだ。…きっと…お前もオレを覚えていてくれたんだろうな」


「Ah?どういう意味だ…?」










「オレは今、何も持っていない。昔お前と何を話し、どんな刻を一緒に過ごしたか。わからないんだ」
「!!!」





率直に告げる師匠。






竜の旦那の右手が小刻みに震えていた。

忘れられたことに腹を立ててるんだろうけど、師匠があまりにも悲しそうな顔で言うから
やり場の無い怒りを抑え付けているんだろうな。




「…じゃあ聞かせろ。今まで、てめえはどこにいやがった…?」

「ここではない世界に。お前が忘れた頃オレはそちらの世界に飛ばされた。…そして同時に皆と過ごした時を無くした」





「言っとくけど、師匠は俺様のこともまだ取り戻してないんだからね。それに…取り戻さないと一番大変なのは師匠本人なんだ」





「どーいう意味だ?」







「取り戻せなかったら、消えるんだよ。オレという存在は」







また部屋に静寂が訪れた。













「…一体なんのJokeだ?」


「竜の旦那…。認めたくない気持ちはわかるけど「うるせえ!!!!」


政宗の悲痛な叫びが静寂を破った。
は一度目を見開きはしたものの、あまり微動せずただじっと政宗を見ていた。



次の瞬間、政宗は固く握った右手を振り上げた。
佐助はいつでも庇えるように構えたが、は逃げる素振りすら見せず、ただ静かに目を閉じるだけだった。

















「……ん?」




いつまで経っても衝撃は感じられなかった。
それどころか温かいものに包まれていた。


「You are fool……」



悲しそうにそう呟き、政宗はを両腕に閉じ込めていた。














「はいはい、竜の旦那そろそろ離れてくれる?師匠もまだ本調子じゃないから」



数分経って佐助は政宗からを引き剥がす。そして見せ付けるように肩を抱く。



「…猿飛……」

「もう夜も遅いんだし、今夜の宴の主役はアンタでしょ?宴会に戻りなよ」

「Ha!どうせ全員もう潰れてるぜ。だが今夜はこれで引く」

「あらら、物分り随分良くなったね」






「兄上殿の前でこれ以上みっともない姿は見せられないからな」





政宗は踵を返し、部屋から出て行く。
しばらくして、二人の会話に置いて行かれたがぽつりと呟いた。


「“兄上殿”――――?」
















昨晩の件で師匠の様子が少しおかしくなった。
黙り込んで考えてたり、ぼーっとして柱にぶつかったり。


それも、竜の旦那のあの言葉。


『兄上殿の前でこれ以上みっともない姿は見せられないからな』

あの人も真田の旦那のように師匠を兄のように慕っていたのかな?


















ばたばたと廊下に足音を響かせる人間。
それは一直線にある者の部屋へと向かっていた。


兄上―――!!おはようでござる―――!!」



勢い良くの部屋の障子を開けた本人、真田幸村。
いつもより早めの起床である。これも彼がいるからであろうか?




「うるせーぞ、幸。朝は静かにやってこい」


苦笑しつつ、幸村を迎えると幸村はがくっと項垂れた。


「さ、流石兄上…某まだまだ未熟者でござる…。兄上の方が早く起きていたとは…」

「いやいや、意味わかんねーよ。それよりさ、この着物用意してくれたの信玄様と幸だって?」
「はい!!昔兄上が好んでいた色の着物を用意したでござる!!…気に入ってもらえたでござるか?」




「当然」
「…!!」




幸村は喜びを体全体で表していた。








が今着ている着物は深い海の底のような濃い青色をしていた。
落ち着いた色を好んでいたは朝起きて、これが用意されていてとても嬉しかった。


「とてもよくお似合いでござる!そうしておられると昔と全然変わらないでござるな!!」
「だけどさー…なんかこう、落ち着かねえ。やっぱ腰元に刀が無いってのは…」



今は丸腰の

だが昔は“歩く武器庫”とまで言われた。
刀に仕込み刃、苦無に火薬などどこにそんなに隠しているのかというくらい持ち歩いていた。







「それならば武田の武器庫に何かあるかもしれませぬ。よろしければ某案内いたしまする!!」
「お?じゃあ行って見るか」