結局の所存は武田で預かることになった。


どちらにいても良いのだが、信玄が

「お前は何も気にする事は無い。今はゆっくり養生していれば良いのじゃ。そうじゃ、ワシの城に来い。面白いものを沢山見せてやる」

と、半ば強引にを連れて帰ったのだ。









で別に拒否はしなかった。
断っても、自分に行くアテも無いし。


これからどうすればいいのかわからなかったから。















昨日の話を佐助は信玄と幸村、謙信とかすがにも伝えた。

四人にも知る権利がある。

佐助は一字一句彼が言ったとおりに皆に伝えたのだ。






「…そうで、あったのか…。では…やはり、あの方は…兄上なのだな…」

「こころがばらばら…そうですか。やはり、あのとききえたことがかんけいあるのですね」

「これについては保留に致そう。今のあやつは精神的に不安定じゃ。まずは落ち着かせてやろう」

「…先生…。このまま心が元に戻らなければ…先生は消えてしまうのか…?また…忘れてしまうのか…?」

「そう、ならないようにするんだよ。俺様達が」




欠片を取り戻さなければは消えてしまう。







帰ってきてくれたことは正直嬉しかった。
でも、何故あんなことになってしまったのかわからない。








闇はすぐ隣にいる。















はぼうっと縁側で庭を見ていた。
何をするでもなく、ただ外を見るだけ。



すると、どこからか勇ましい声がした。
必然的に体はその声のする方へ歩いていった。
















「うおおおおおお!!どうした!次の者、来い!」

そこは鍛錬場。
二槍を高々と構えた幸村は兵達を相手に鍛錬をしていた。






「ゆ、幸村様…。もう俺達無理です…」
「何を言っている!武田の武士がそれくらいで弱音を吐いて……」











幸村の動きが止まった。




視界に、がいたから。












も気づかれたことを感じたらしく、幸村の方に歩み出た。






「……アンタ、強いな」
「……そ、某はまだ未熟でござる…」








だって、今こうして貴方と目を合わせて動揺しないように上手く話せないから。









「…じゃあオレが相手になってやるよ」


「は!?いきなり何を……っ!!!」







幸村の目の前にはの拳があった。






「手加減なんていらねえよ。真剣でもなんでもいい、かかってこい」





そこにいたのは強き武士だった――…。
































と幸村の攻防は長く続いた。
最初は勝負にならないだろうと思っていた兵達も、今や二人に魅了されている。





リーチのある槍を使う幸村にとって、相手の懐で接近戦を行うは非常にやりにくい相手であった。




『クッ…!!中々の腕前……反応も攻撃も一介の武士以上…?!』

「考え事してる暇あるのかよ!」







の拳が幸村の腹を狙った。
幸村は体を後ろに下げ、それを交わしたが足元に注意を払っていなかった為バランスを崩した。






「しまっ……」


「もらった!!!」

幸村は来るであろう衝撃に目を身を構えた。
















「……オレの勝ち」
「……はっ……ま、負けでござる…」




幸村にの拳が当たる事は無かった。


は幸村に馬乗りになった状態ではあるが、攻撃はしなかった。









「邪魔して悪かったな」





すっと立ち上がり、幸村に手を差し伸べる。
幸村にはそれが誰かと重なった。



『大丈夫か、弁丸。ちょっとやりすぎたか?』


手合いに負けた自分に手を差し伸べる兄代わりだった人。




「……あにうえ…」



幸村が呟いた瞬間、空気が凍ったような気がした。









「…なあ、教えてくれ。アンタにとっての“”って奴を」






まるでそれは小さな子供が一人置いていかれたような顔。
不安に満ちた表情だった。

















「皆、“”を知っているんだ。でもオレは知らない。まるでオレだけが蚊帳の外みたいな気分だ」



「……某が知っている兄上は……強き人であった」

「強い?」

「ええ。力も当然ながら、全てにおいて。それは某の目標でありました」







幸村の瞳は優しかった。





「…例え、記憶が無くても貴方が殿であることは変わらないでござる。それは某が保証致しまする」







――――ドクン







鼓動が大きく響いた。




自分が自分で無いにも関わらず、受け入れてくれる場所。

不安に満ちた己を温かく包んでくれる人。








「…っ!」



「どうなされた!?」

「…頭…が…」

「いかん!今すぐ部屋へ!!」





「…い、いや…良い。このまま…休んでいれば…」







幸村はの手を強く握った。




その瞬間、ぱあっと辺りに光が満ちた。






「!!?こ、これは…殿!?」


「っ……うああああああああ!!!!」







あまりの眩しさに幸村は目を閉じた。




















「…う…某は……!!殿!」



次に目を開けた瞬間、自分が握っていたの手が無かった。


まさか消えてしまったのか!?と焦りに満ちた幸村は急いでの姿を捜した。








殿!!」







少し離れた所に倒れているの姿を見つけ、急ぎ抱え起こす。
頬を叩いて呼びかける。






「しっかりしてくだされ!!殿!」



「………ん」


眉がぴくりと動き、幸村は安堵の息を吐いた。







その時、の額に浮かび上がる“炎”の文字。








「これは…?」

しかしその文字は一瞬で消え、その代わりが目を覚ました。









殿…」



「……弁丸、いつからそんな大人びた呼び方するようになったんだ?いっつも兄上って着いて廻ってきたくせに」









「…………!!!も、もしかして…兄上…!?」




「ごめんな。でもお前のお陰で、まず一つ目取り戻したぜ」









にこっと笑うその笑顔は、昔と変わらない大好きな人のそれだった。