もう一度、会わなければ
彼に会って確かめなければ
本当にあの人なのかと、戻ってきたのかと
戦場で再会したあの人に昔の優しい瞳は無かったけれど、姿形はあの頃と何も変わっちゃいない。
だけど僕を見る目が、“面識の無い他人”もしくは“名前だけは聞いた事がある人”のような目だった。
何故?
あんな冷たい目は知らない。
何故会えなくなったのか知らないが、どうして突然の再会があんな悲しいものでなければならなかったんだろう。
突然吐いた血は何?
まさか貴方も何か病にかかっているのかい?
どうして武田や上杉の忍が貴方を連れて行ったの?
どうして……僕は何も知らないんだろう。
戦から戻って以来、半兵衛は塞ぎこんでいた。
戦場で倒れているところを豊臣軍の兵士が稲葉城へ連れて帰ったのだが、秀吉の所に顔を出そうともせず部屋に篭るだけ。
もしかしたら重傷でも負わされたのだろうかと秀吉は見舞おうかとも考えた。
だが当の本人が誰にも会いたくないと言っているのだ。
医者や女中すらも遠ざけて、ろくに食事もとっていないらしい。
それでは治るものも治らない、と秀吉は強硬手段に出た。
止める家臣達を払いのけ、半兵衛の私室へと進む秀吉。
辿り着いた部屋の前は何の物音も聞こえてこなかった。
意を決し、障子に手をかける。
「半兵衛、入るぞ!一体どうしたと言うのだ……は…んべえ…?」
部屋には人がいた形跡が無かった。
寝込んでいると言う話だったのに、布団すらひかれておらずむしろこの部屋に最近まで人がいたのかすら疑わしい。
慌てた秀吉は家臣を捕まえ
「おい!いつからだ?!この部屋に誰も近寄らなくなったのは!」
「み、三日前からです…!!それ以前からお食事を置きに来た女中すら追い返す声がしておりましたので…」
四日前には「この部屋に近寄った者は誰であろうと殺す」とまで言っていたと家臣は震えながらに言う。
それでも食事だけはとってもらいたいと忍に持って行かせたが、次の日部屋の前で息絶えた忍の姿があった。
この部屋は離れにある為、誰も寄り付かなくなれば完全に人目が無くなる。
恐らく三日前に半兵衛は何処かへと出て行ったのだ。
「…三日…。弱った体ではまだそう遠くへは行っていない筈…。捜せ!早く兵を集めろ!!」
「は、はい!!!」
半兵衛が何処に向かったのかまったく予想が付かない。
だがわざわざ人知れず出て行ったからには私用なのだろう。
あんな賢い男が策も無しに弱った体で何処かへ攻め込むことはまず考えられない。
何処を捜せば良いかなんてわからなかった。
それでも兵を集め、東西南北と駆け回って捜すしか無いのである。
「小太郎、情報を集めて来てくれんか?最近戦らしい戦も無いと聞く。妙に大人しいのが気がかりでのう…」
雇い主に言われれば、行動するだけ。
戦力では確かにあまり強いと言えない北条軍は先手を打たなければ命取りになる。
風魔小太郎はその姿、風の如く野山を駆け回っていた。
近くにあるは伊達に上杉。
だがそのどちらもが戦をする様子は見受けられなかった。
少し足を伸ばしてみて見えたのは浅井が織田と戦をしていた。
けれどその戦も織田の勝利で早々と終わりそうだ。
ただじっと観戦していた小太郎は織田軍に目立つ男がいないことに気がついた。
残忍な殺し方を好み、戦の後でも村人を襲う男がいない。
いれば阿鼻叫喚がこの倍の筈、違和感を感じた小太郎は織田の本陣へと近づいた。
「上総介様、市は…」
「あ奴はまだ使える。長政を斬捨てておけば最早抵抗する気も起きぬであろう」
「あーあ、つっまんないのー!弱っちくて話になんないや。ねえ、信長様。光秀の奴放っておいて良いんですか?」
「…聞けば光秀の下に付いていた者共は誰一人として欠けておらんと言う。単身のあ奴如き恐るるに足らんわぁ」
この会話に小太郎は驚いた。
明智光秀が単身織田軍を抜けていたと言う事実。
もしや謀反でも起こすのかもしれない、だが現段階では確証は得られない。
動向を探る上でも、もう少し範囲を広げてみようと小太郎はその場を離れた。
「流石にそろそろ、ヤバイかもな…」
「うむ…これ以上城を離れては…」
頭を抱える政宗と幸村。
それもその筈、彼らはもう一月近くは中国にいるのだ。
流石にこれ以上城を放っておくわけにはいかない、そもそも中国へは同盟を組む為にやってきたのだ。
しかも使者も使わず武将自ら出向いて来た異例の会合。
「旦那達は戻った方が良いかもね。織田が攻めて来ないとも限らないんだし」
「情勢はどうなっている?佐助」
「今は浅井と織田がやり合ってるから一応安心。豊臣も徳川との戦以降動きが無いし」
取り合えずは安心したもんか、と一息つく政宗。
だがそろそろ帰らないと腹心が怖い。
溜まった執務を抱えて待ち構えている姿が目に浮かぶ。
「いや、悩んでないで帰れよお前ら」
すっぱりと心残りである原因に言われてしまい二人はがっくりと落ち込む。
がいるから名残惜しいのだが、本人はそうも思ってくれてないのか悲しくなった。
「兄上と離れるの寂しいでござる〜〜〜〜!!」
「お前もう17だろうが。お館様、待ってんぞ」
「うっ!」
「政も、小十郎が胃を痛めて待ってるぞ」
「……解ってるがよお…」
見れば元親と元就が勝ち誇ったような顔でこちらを見ている。
それが余計に腹が立つ政宗。
だが後に彼等も同じように悲鳴をあげることになるのだ。
「オレもそろそろ此処出るし」
「「何――――――!!!!」」
の発言に元親と元就が叫んだ。
色々とあって忘れていたが、は旅の途中。
一箇所に留まる事は無いのである。
「へー次は何処へ行くんだい?」
「島津のじいさんのとこ。会ってみてオレのこと知ってるかどうか確かめておこうと思って」
「ほう…それはまた。無駄足にならなければ良いですがねえ…」
余裕なのは根無し組の慶次と光秀。
慶次は元よりあっちへこっちへフラフラと出歩いているし、光秀に至っては最初から織田へ戻る気は無いらしい。
が何処へ行くと言えばついていくことも可能なのだ。
「兎に角、てめーらは自分の領地をしっかり守ってなさい。次に来た時吸収されてました、なんてことになったら……」
笑顔を浮かべながら領主達を見回す。
その笑みに全員が縦に首を振るのだった。
「よろしい。どうせ島津のじいさんのとこへ行ったらもうそれ以上は行かないし、そう長い期間別れるってわけでもねえさ」
だからまたすぐ会える、とは言う。
皆がその言葉に安堵を浮かべる中、佐助だけが微妙な感情を押し殺していた。
思い出すのはが目覚めたその日の晩。
松の木の上の鷹の傍へ佐助は近づいた。
鷹は最初から気配を察していたらしく首だけで佐助を見る。
『お前達は師匠に会わないで良いのか?』
『我等は良い。我等が再び主に会うのは記憶を取り戻すと主が決心した頃……それに会わない方が良いのかも知れぬ』
『………それは…記憶を取り戻せば師匠が…』
全ての記憶を戻せば、術の代償により命を奪われる。
鷹は一度頭を縦に振ると、再び佐助を見据える。
『我等はあの方が幸せならそれでよい。だが……もし当人が記憶を戻す事を願うなら我等は…』
それ以上は鷹も言わなかった。
こればかりは自身の気持ちの問題である。
彼が死をも厭わず、記憶を戻すと言えばそれを拒むことは出来ないのだ。
『ねえ…どうやったら記憶は戻るんだ?ただ会えば良いだけってわけでもないんだろ?それなら会ってすぐ思い出せる筈だもんな』
『……その者と近しい距離で最も強く“思い出したい”と願った時に記憶の封印は外れる』
『ああ…確かに旦那達はそうだったかも…。でも俺様は違ったよ、師匠はあの時倒れてしまった』
『そなたとかすがの記憶が最も古く、根強いものだったからだろう。…心の奥底で強く願わねば封は解けぬ』
『…なあ…師匠は…本当に記憶全て取り戻したら…死んでしまうのか?』
鷹は答えない。
佐助はそれを肯定の証と受け取り、歯を食いしばる。
『……我だって…そのように思いたくない』
『……そう、だよな…。お前達だって師匠が好きなんだもんな……。
なあ、欠片を戻さなかった場合は師匠はこのまま生きられるのか?』
最初は記憶を取り戻さなければ消える、と言っていた。
だから戻そうと、最初は躍起になっていたけれど・・・
『記憶を取り戻さなければ消える、と言ったのは最初だけの話だ。
全て忘れたまま、幾らそなたらが覚えていようとも主と関わらなければこの世界でのと言う人物は戻らなかった。
けれどそれも無理な話――…あのお方は何もかも引寄せてしまう』
記憶が全く無い頃の別人だった師匠。
あの時俺は、この人は俺の知っている師匠じゃないと思っていた。
今の師匠は紛れも無く、昔の師匠と同じだ。それは記憶が戻ったから。
“消える”と言うのは“俺達が知っているという人物が戻らない”と言うこと……?
つまりは、そういうことだったってこと?
『我等がこのまま戻らずとももう主は主のままだ。…ただ弱った体がいつまでもつか…』
もう半分以上戻った記憶。
全て取り戻さなくてももう反動での体はボロボロだ。
病、というわけではないから大人しくしていようが動き回ろうが関係ないが…それは確実にの体を蝕んでいる。
『覚悟だけは…しておけ』
どんな覚悟だ、とは聞きたくなかった。
そのことを思い出しながら、佐助は思っていた。
・・・・本当に、また会えるよね?師匠