睨み合う二人。
その瞳はやはり兄弟だと感じさせる同じ鋭さがあった。


「Hey,Brother.あんたも俺と同じ竜の血が流れてんなら…解るだろ?
 
 アンタはここでくすぶってるような人間じゃねえ。You see?」



「…伊達……政宗……」




俺が尊敬したのは伊達 と言うただ一人の人間だ!てめえなんざお呼びじゃねえ、さっさと兄上を出しやがれ!!」



「…うるさいっ!!!」




先に動いたのはだった。
最初までの冷静さもなく、ただ力任せに突っ込んでくるだけ。
相当動揺しているのが判る。




「冷静さを欠いてるんじゃねえの?」

「…っ…」



「俺はアンタの代わりにこの国を治めるつもりだった。だがな、もう俺はアンタの代わりじゃねえ。俺は俺の意志で奥州を守る。
 


 アンタはアンタの意志でその生き方を選んだんだろ?じゃあ闇に負けてんじゃねえよ!」




最早押しているのは政宗の方だ。
忍は感情を露にしてはならない、はもう怒りや悲しみ等感情がゴチャゴチャになってしまっている。



「HELL DRAGON!!!」
「っ!!!」




は受け止めきれず吹っ飛ばされる。
やりすぎたか、と政宗は内心焦ったが無事受身をとった様子を見て安心した。
だが、かなり消耗している様子。












「交代だ、竜の旦那」










一陣の風が舞い込み、橙色の髪の毛が揺れる。


迷彩色の忍服が風の動きを伝えるかのようになびく。
















「…アンタと…こうして相見えることはもう無いと思ってたよ」



佐助が手裏剣を手で弄ぶ。
目の前の人物にも目の色を変える。


忍同士の戦いとなれば、もう武士達が目で追えるものではない。
その動きが素早すぎて残像だけが残る。








「…何を考えている…。オレに関わるなと言った筈だ」

「そうもいかないねっ!俺様は尊敬する師匠を返して欲しいんだから」

「もうお前の知っているオレは帰ってこない。諦めろ」

「そんなの…分からないだろ!!だってさっきからアンタの顔……それが証明してる」





そう、さっきからの瞳は揺らいでいた。
最初の感情の無い瞳はもう何処にも無い、色が戻り生気が戻りつつある。





佐助は武器を捨て、捨て身での体を押さえつけた。
の手からも武器が落とされ、最早ただの取っ組み合いになった。




「…っ離せ!!」



「起きろよっ!なあ、聞こえてるんだろ!?アンタはこんな弱い人間じゃなかった筈だ!!

 俺達だってそんなに弱くない!アンタに黙って殺される程柔でもない!だから帰って来い!!

 
帰って来てよ!師匠!!!







佐助の瞳から雫が零れる。
その雫がの頬へと落ちる。









『桃丸…弥三郎…松寿丸…弁丸…梵天丸……佐助…!!』







「…み…つひで…もと…ちか…もとな…り…ゆき…まさ…さすけ……」









色無き瞳に光が宿った。













還って来た、大好きな人。












「…師匠…
師匠!!!










感激の余り、佐助は人目もはばからずの体を抱き締めた。
驚いたが、苦笑いを浮かべ佐助の背に手を伸ばした。
佐助は伸ばされるその手にまたも涙を流した。




「……ごめん…ただいま」
「…馬鹿……おかえり…」







ゆっくりと起き上がり全員を見渡す。
全員が息を呑む。
















「……皆…ただいま…」





「!!」

「……あ、あにうえ……兄上ぇぇぇ!!!!」

〜〜〜!!!」

「…くっ…愚か者め…遅いわ」

!!」







戻ってきたの笑みに皆が歓喜湧き上がる。
我慢できず幸村が駆け寄り、後に元親、元就と続く。
さっきまで傍観していた慶次も駆け寄る。
光秀は呆然と立っていた。







!」
「あにうえ〜〜〜っ。無事戻られて、なによりですぅ…うっうっ」
「まったく、手間をかけさせおって…よくぞ、戻った…」
〜!」


もみくちゃにされながらも笑顔は消えない。
再びこうなれることがには喜ばしくて仕方が無いのだ。












「皆、ちょっとごめん。………政宗」










自分を囲んでいる中に入ってこない弟に語りかける。
一瞬肩を震わせたが、名を呼ばれれば体が動き出す。








「ただいま」


「…っ…!」



輪から外れ、歩み寄る。

我慢出来ずに政宗が走り出す。














「馬鹿野郎…!!」
「うん…馬鹿だなオレは…。ありがとう…」









しっかりと回された腕に力がこもる。
こめられすぎて少し痛いが、それすらも感じることに喜びを感じる。


ああ、帰って来れたんだ。




























は大人しくしていろと言う元親達を諌め、山に来ていた。
山の中をゆっくりと歩きながら、立ち止まり一本の木を見上げる。





「かすが」




呼んだのは愛しい弟子の名前。
一見木の上には何もいないように見えるが、木の葉の影になっているところにその人はいた。





「……先生?」

「ああ、オレだ。心配かけて…ごめんな」

「……!!!!」






木から飛び降り、子供のように飛び込んでくるかすがを受け止める。
弱っているとは言え、女性であるかすがを受け止める位の力はまだ残っている。




「怖かった……。血がいっぱい出て……先生が死んじゃうんじゃないかって…」




の着物をかすがの涙が濡らす。
伝わってくる熱で、自分がかけた心配の重さが解る。





「ごめんな。大丈夫…オレは大丈夫だから…」


昔からこの子が泣いた時は優しく頭を撫でていた。
昔を思い出して、同じ様にすれば一際激しく泣き出してしまった。


苦笑しながらも気の済むまで泣かせてやろうと、はずっと頭を撫でていた。
























かすがと手を繋いで城に帰れば出迎えた佐助は微笑ましいと思ったが、本気で嫉妬した政宗が繋いでいない方の手を掴んだ。
むっとしたかすがと政宗の睨み合いが始まり、そこへ幸村が参戦し、遂には元親や元就までもが加わり大事になった。


「放せ、伊達政宗!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
「兄上お帰りでござる〜〜!」
「うわ!何やってんだよお前ら!」
「こら、貴様ら離れろ!!が困っておるではないか!」



「やれやれ…旦那達も師匠が絡むと子供になるんだから…」
























夜も更けたが、毛利の城は賑やかだった。
なんせこの城には各地方を代表する武将達が一挙に集まっているのだから。

普通に考えれば同盟を組んだ伊達・武田軍の人間が一緒にいるのはまあ当然だろう。
そしてその両軍と新しく同盟を組んだ長曾我部・毛利も同じ事が言える。

だが織田軍・前田軍の人間である光秀と慶次は敵側の人間だ。
なのに今同じ場所で一緒に酒を酌み交わし、同じ釜の飯を食っている。











「えっ!!じゃあ師匠、鬼の旦那や毛利の旦那の記憶も戻ってんの!?」
「ああ、光と同じ時にな。あの後ばたついてたから言えなかったけど」


は政宗と酒の呑み比べをしている元親と、一人縁側で月を見上げながら酒を呑んでいる元就を見た。


「うわー…知ったらどんな顔するかね…」
「明日の朝にでも言うさ。驚くだろうなー」

面白そうに言うに苦笑いを返す佐助。
けど、またこういう風に笑って話せることが嬉しくて仕方が無い。















「……蒼き陽炎…」






フラリとに近寄ったのは光秀だ。
酒に酔っているわけではない、元々彼の動作はこんなものだ。
の隣に座り込むと徳利を向けた。
応えるように猪口を出すとそこへ酒が注がれる。


「呑みすぎないでよ」


佐助は空気を察し、場所を離れ慶次と幸村がいる方へ向かう。
佐助がいなくなり、そこにはと光秀だけ。
どちらも口を開かない。












意外にも先に声を発したのは光秀だった。




「…死に損いましたね」
「そうだな。お前があまりにも必死に呼ぶもんだからよ」


確かに光秀がきっかけとなり、他の五人が触発されたのだ。
これは意外なことだ。









「…まだ、借りを返していませんからね」
「借り?」


再び徳利が猪口に傾けられる。




「幼少期の借りです。貴方によって要らないものまで与えられた…。それを返してないのに死なれては困るんです」


顔は正面に向いたまま光秀はぽつりぽつりと話す。
髪で顔は見えないが、ほのかに耳が赤い。
普段青白いくらいなのに、酒が入った所為もあるだろうがそれを抜きにしても赤い。





「(…素直じゃねーなあ)そうかよ。じゃあまず名前で呼んでもらおうかな」
「…なんですって…?」
「借り、返してくれるんだろ?ならまずはその“蒼き陽炎”ってのやめろよ。オレはもー現役は引退してんだよ」
「…………じゃあなんと呼べと…?」








「“”でも“兄上”でもオレは構わねえぜ?」






そう言えば俯き黙り込んだ。
ふざけすぎたか?とが猪口を口に当てようとするとその右腕がガッと掴れた。


「…フフフ…」
「み、光?」



「じゃあ…兄者、とでも呼びましょうかね」
「新鮮だな、それも。じゃあそれで。変えるなよ絶対」
「フフフ……」




今日の酒は今までの人生の中で一番美味だと思えた。