俺様の腕の中にいる師匠は大人しい。
いや、大人しくせざるを得ないんだ。
俺の着物までも真っ赤に染める程の吐血。
こんな状態で動き回れるはずがない。
呼吸も荒いし、目を開ける力すら無いようでいつもの力強い瞳が此方を向いてくれない。
「先生…っ先生…、お願い…死なないで」
昔、師匠が怪我をして戻ってきたらかすがはいつもこう言って泣いていた。
その度に笑って、「大丈夫だよ」と言ってくれていたのに。
今は、喋る事すら出来ない。
「皆!!!」
飛び込むように帰った俺達を見て皆が目を丸くした。
だけど細かく説明している暇は無い。
「うおっ!!!吃驚した…なんだよ猿と「早く布団!!!!それから医者!!!」…は?何が……!!!!」
ようやく、俺の背にいる人が誰か理解した一同は皆が顔色を青くし一様に散っていった。
医者を呼びに行くと鬼の旦那は飛び出し、毛利の旦那は女中を呼ぶことも忘れ自らが部屋を用意しに行った。
竜の旦那は懸命に師匠に呼びかけ、意識を取り戻そうと必死だ。
前田の風来坊は旦那と一緒に代えの着物や水桶を取りに走っていった。
………で、
「なんで明智が此処にいるわけ?」
「……込み入った事情があったみたいですし、私も話を聞かせて頂いていたんですよ。貴方方の鴉から…」
「は?俺達の鴉…何わけわかんないこと…」
すっと明智が庭の松の木を指差した。
其処には俺の鴉とかすがの白鴉、そしてその二羽より一回り程大きい鷹。
「なんであいつらが此処に…?」
「彼らが全部、話してくれましたよ。蒼き忍の事や、失った記憶の事…そして彼が何故あの状態なのかを」
目を細めて視線を師匠に向ける明智。
その瞳は最初のような狂気がかったものではなく、穏やかな慈しみを持った瞳だった。
普段のこの人からは全く想像出来るようなもんじゃないけどね。
「先生のこと…聞いたのか!?教えてくれ!!どうして先生は…っ」
「ええ、話しましょうとも。貴方方も当事者ですからね。私の役割は“此処で聞いた事を全て貴方方にも伝える”ことですから」
明智の話を聞いたかすがは信じたくないと飛び出して行ってしまった。
正直、俺様だって信じたくない。
師匠が、本当に、いなくなるなんて。
どうしてあの人ばかりが苦しまなければいけないんだ。
あの人が何をしたって言うんだ。
ただ、俺達と笑い合って生きてくれればそれでいいのに。
どうしてあの人の前には絶望へと続く道しか残されていないんだ。
「…っ!!なんでだよ……なんでだよ!!!!」
「……」
明智はゆっくりと立ち上がると庭の松の木に佇む鳥達を見た。
そして口角を上げ、笑った。
「…私は諦めません」
「…は…?」
「…あの人に、絶望しか残されてない筈無いんです。あんなお人好しの塊みたいな人に。あんな人には能天気すぎるくらいが丁度良い」
闇なんて、似合わない。
そう彼は言った。
そして裸足のまま、庭に降りると木の真下まで歩いた。
「無い訳無いでしょう…?賭けでもなんでも、まだ残されている筈だ」
三羽の鳥は互いを見合わせ、明智を見、そして木から降りて来た。
『…本当に賭けしか残されておらんがな』
鷹から聞こえる重い声。
だけど、それは“希望”だ。
賭けでもなんでも、師匠が生きれるのなら。
『確率は………五分…いや、それ以下か』
かすがの白鴉が悲しげな声で言う。
ほんの一厘でも、確率があるなら縋りたい。
『ほんの、本当に僅かながらの希望は…主の心が、闇に打ち勝つことだ』
ぼそっと呟いた鷹の一言。
師匠が…闇に勝つ…?
『今の主は言うなれば“もう一人の主”または“主の影”だ。それに主の心が打ち勝てば…人格は元に戻ろう』
「師匠の心…?」
『苦しむ余り、生まれた“影”。あ奴が表に出ているから主は殻に篭っている』
「…どうやったら、あの人が戻るんです…?」
『……それは…お主達にこそ出来る事だと我は思う』
俺達…が…師匠を元に戻すの…?
俺達にそんなことが出来るの…?
『秘術の代償は一先ず置いておいても今の段階では進行はせぬ。むしろ急ぐのは影の抹消だ』
『そうだな…。まだ今なら主に声が届く筈。ここで影を消しておけば、主は主のままだ』
明智はさっさと部屋を出て行った。
我に返った俺も後へついていく。
今の言葉に縋るしか、俺達に残された道は無いんだから。
「ふう、どうにか落ち着いたな」
「だが…こんなに急に悪化するなどと…。もしや出かけた際にまたも記憶が…?」
「兄上〜〜〜…死んじゃ嫌でござる〜〜〜!!」
「Shut up!不吉なこと言うんじゃねえ!」
「ところで猿飛と光秀は何処に――――」
いきなり障子が開けられ、中にいた五人は目を見開いて驚いた。
其処には何やら決心したような顔の光秀と佐助。二人共完全武装している。
二人はずかずかと部屋に入ると、寝ているの真横につく。
「お、おい二人共―――」
慶次が声をかけるも二人はしか目に入っていないようで返事もしない。
「……聞こえて、いますか?今の貴方に殺されてやるほど私は弱くありません。
…それでも良いと言うなら…
もう一度目を覚ましてかかってきたらどうです?」
そう言うや否や、かっと目を開けたは近くにいた光秀に飛び掛った。
ちゃんと読んでいた光秀は手に持っていた鎌で応戦するが勢いで庭へと弾かれる。
何事かと他の五人は佐助に詰め寄るが佐助の表情は真剣そのもの。
ただ、五人に一言だけ言うのだった。
「俺達が、師匠を呼び戻すんだ」
そう言うと二人に続いて外へと出て行った。
外に出てからも攻撃の手を止めない。
勿論光秀も応戦する。だが殺すのではない、あくまで受け止めてもらうことを前提に急所を狙わず攻撃する。
光の宿っていない瞳のの刀は重く、幾ら名のある武将でも本気でかからねば殺される。
だけどそれでも光秀は口を閉じない。
「貴方は本当に自分勝手ですね…。勝手に関わってきたくせに、都合が悪くなれば拒絶する…」
苦無が光秀の顔を掠めた。
赤い血が頬をつたう。
「私を日なたに出したくせに、貴方は闇に閉じこもるのですか?」
その血に構うことなく、鎌を振るう。
二対の鎌は軽々との刀に止められた。
「…っ見くびらないでください。貴方のような能天気な人に殺される程甘い人生を生きてきたわけじゃありません。
私は……貴方に殺されやしない…!再び会えたこの時を一緒に生きるんです!」
光秀の鎌がの刀を弾いた。
一瞬だがの力を光秀が上回ったのだ。
だが、限界が来て光秀も足に力が入らない。
その隙には新たに出した苦無で向かって行った。
「交代だっ!明智!」
その苦無は碇槍によって受け止められた。
光秀との間に割って入ったのは元親。
「すっかり腑抜けちまったぜ…。そうだよな、ただ待ってるだけじゃ何も始まらねえよ。…まさかお前に教えられるとはなあっ!」
標的を元親に変えたは光秀には目もくれず、戦い方を変えた。
取り出したのは佐助が使っているような巨大な手裏剣。幾重にも刃を重ねた一品。
投げずにそのまま向かっていく。
接近戦で行く気だ。
「ガキの頃はお前に甘えてたなっ!だけどよ、正直俺はお前に憧れてたんだぜ!」
何処からそんな力が来るのか、細腕から繰り出される一撃は重い。
碇槍と手裏剣がぶつかり合う度に火花が散る。
「お前みたいにでかくて優しい奴になりてえってよ!なのに…今のお前はなんだぁ!!
俺ら傷つけるのが怖え!?俺を誰だと思ってやがる!鬼ヶ島の鬼たあこの俺、長曾我部元親よぉ!!」
押されていた元親が徐々に押し返している。
腕力ではやはり元親の方が上、は煙幕を出し叩きつけると距離を置いた。
煙幕での姿が見えない元親は辺りを見回す。
だがこれは忍びの領分、こんな視界でもには元親の存在が見えている。
背後をとり、脳天目指し苦無を投げつけた。
「っ!!」
ドン、と元親の体が倒れた。
は木の上から元親のいた場所を見下す。
煙が晴れ、視界が鮮明になる。
「!」
叩き落された苦無。
悠然と微笑むのは、智将と謳われたその人。
「交代だ、引っ込んでおれ」
「お前…何も蹴飛ばすこたあねえだろ…。…任せたぜ、元就」
輪刀を光らせ、不敵に微笑む。
普段は知略を巡らせ、兵を巧みに操る本人は前線に出ることはあまりない。
だからと言って、弱いわけではないのだ。
「毛利元就、参る!!」
元就はが乗っていた木を切り倒した。
足場を失ったは飛び上がり、そのまま元就に飛び掛る。
「我は己を不甲斐なく思う。そなたの闇に気づけなんだこと、それを悔やむ事しか頭に無かった我をな」
接近戦に持ち込んでは分が悪いと、技を放ち距離をおく。
それらをかわしながらも近づいてくるに、元就は輪刀を投げつける。
武器を手放したことで丸腰になってしまった元就。
だがそれも計算のうちだ。
「だがそれはそなたも同じよ!!いつまでその殻に篭っておるか!年上ぶっておいて肝心な時は隠れる卑怯者に成り下がる気か!」
踏み込んできたに思い切り平手打ちを喰らわせた。
は一瞬目を見開き、距離をおいた。
「交代でござる、元就殿!!」
元就の横を駆け抜ける赤い影。
二槍を構え、果敢にも走るその姿は武田の若虎。
「烈火!!!!」
先制攻撃で幸村が仕掛ける。
勿論こんな真正面からの攻撃が当たるとは思ってない。
これは次の攻撃への牽制だ。
防戦一方では次の攻撃に移れない。
それ程幸村の気迫が凄いのだ。
「そ、れがしは、兄上の事を尊敬しておりました!それは今でも変わりませぬ!!」
「…っ」
「強く、優しく、器の大きな貴方だからこそ某はお慕いしておりました!
ですから…ですからっ………戻ってきてください、あにうえぇぇぇ!!!!」
「!!」
とうとう、の瞳が揺らいだ。
悲しみを秘めた暗い瞳が、まるで子供が泣くのを堪えているかのように揺らいだのだ。
「あに…」
「…っうるさい!!!」
癇癪を起こしたかのように無茶な攻撃を仕掛けてきた。
避ければが傷付く、それ故幸村は受け止めるしかなかった。
火事場の馬鹿力で吹っ飛ばされ、幸村は壁に頭を打ち付ける。
「…うるさい…うるさい…五月蝿い!!…邪魔をする者は敵……お前らも敵…」
『…チガウ…違う…』
頭を抱え、フラつき始めた。
だがこれは皆にとって喜ばしい反応だった。
間違いなく、言葉はに届いている。
「Player交代だぜ。真田」
六爪を構えた政宗が幸村の前に立つ。
この中では最もに近しい人物。
誰よりも深く言葉を届ける事が出来るかもしれない。
「Hey,兄上。……初めての兄弟喧嘩といこうじゃねえの」
己と同じ血を持つ者だということがにも解っているのだろう。
政宗を見た瞬間またも瞳が揺らいだ。