「師匠!師匠!」
佐助が必死に呼びかけているが、は目を覚まそうとはしない。
何が起こった?
一体この人の身に何が起こった?
「佐助!一体どうした!!」
「兄上!!目を開けてくだされ!!佐助、何が起こったか申せ!!」
「わかんねえ…。急に視界が光に覆われたかと思ったら師匠が…」
「光?…それは某の時と同じだ。ならばすぐに目が覚めるはず…」
幸村の記憶の欠片が戻った時も、光が発してが倒れた。
そして記憶は戻ったのだが―――…
「何故…目を…開けないのだ…」
今回は違った。
はいつまで経っても目覚めない。
「…兄上…」
部屋にを寝かせ、見守る三つの影。
は夜になっても目覚めなかった。
「…佐助、謙信の所へこの文を持って行ってくれ」
「大将…これは?」
信玄が書いたのは謙信との約束の文。
もし、またに何か異変があったら必ず伝えるようにと二人の間で交わされていた約束だった。
「…了解」
佐助はすぐ姿を消した。
「おや、たけだのしのびよ。いったいどうかしましたか?」
「佐助!!何をしにきた!!」
城に忍び込んだ佐助を出迎えたのは謙信とかすがだった。
あまり佐助にいい感情を抱いていないかすがは殺気をとばしてくるが、今はそれどころの佐助じゃない。
「…急いでこの文を読んでくれるかい?大将からの約束の文だそうだ――…」
「…なにかありましたね」
謙信はすぐに受け取り中を読む。
「…に…いへんが…めざめぬとは…」
佐助は今までの事を手短に話した。
に欠片が戻ったこと。
その際必ず光が現れ意識が無くなる。
だが、今回は目覚めないということ。
「…せ、先生が…」
「つるぎよ、あなたはさきにむかいなさい。たけだのしのびとともに」
「し、しかし謙信様をおいて…」
「わたくしはすぐにはむかえません。ですがあなたならはやくたどりつけるでしょう。いまはいっこくもあらそいます」
「…わかりました」
かすがと佐助はすぐに上田城へと向かった。
残った謙信はぽつりと呟いた。
「きっとこれはたけだのしのびとつるぎのかけら―――…」
その呟きは闇に吸い込まれていった。
ここは……どこだ?
オレは…確か佐助と稽古をしていたはず…
『師匠!!』
『先生!』
幼い声に呼ばれて振り返った。
そこには見覚えのある子供が二人。
『今日は佐助と一緒に忍術の稽古してくれるよね!』
『違うもん!かすがが先だもん!!』
その子供はオレをすり抜け、オレの後ろにいる人物に駆け寄った。
…オレが見えないのか。
『喧嘩すんじゃねえよ。どっちにしろオレは今日は任務だよ。だからまた今度な』
そこにいたのは10歳くらいの少年。
あれは…若いオレ…?
『えー!!またぁ?最近師匠ばっかり任務だよー』
『佐助だってもうすぐさ。真田に仕えること、決まったんだろ?』
『でも…仕えたら師匠に会えなくなる』
『そこはオレだから大丈夫。オレはいつでも会いに行ってやるよ』
『…』
『かすがだってこれからじゃん。仕える場所が決まるまで一緒に頑張ろうな』
『…うん!!』
『よし』
あれは…小さい頃のオレと佐助にかすが…。
そうか…これは小さい時の記憶…。
急に場面は変わり、今度は少し成長したオレと佐助だけ。
『師匠さあ最近何処行ってるの?任務以外に何処か行ってるでしょう』
『……散歩?』
『奥州まで行くのが?』
『あら知ってた?佐助尾行上手くなったな』
『誤魔化さないでよ。その後ちゃんと撒いたくせに』
そうか…オレが政の所に行きだしたくらいか…。
『勝手に一人の人間の所に固執したら忍失格じゃないの?』
『大丈夫だって。一応は任務ついでに行ってるし』
『そんなに…気に入ってる奴でもいるの?』
佐助の顔はとても悲しそうだ。
確かに忍が明るい世界にほいほいと出てはいけない。
何処かに仕えて、影に生きる。
でもオレはそんなつもりで忍になったわけじゃない。
記憶のオレは答えることなく、また場面が変わった。
『そこにいるんだろ?おいで』
『……』
今度はさっきより少し昔のオレと、かすが。
『どうした?長に怒られたか?』
『…なんでわかったの?』
『かすがは優しい子だからな。任務、駄目だったんだろ?』
『……』
オレはかすがの傍によると頭を撫でた。
『…相手が…小さな子だったの』
かすがは震えだした。
地面に小さな雫が落ちる。
『出来なかった…。でも…別の忍が…』
話から察するにかすがが仕損じた相手を別の忍が始末したんだろう。
大方跡目争いかなにかで、若様を殺す役目を負ったらしい。
『暗殺の仕事は辛いもんな』
『でも…そんなんじゃ…忍として…やってけないって…』
オレはかすがを抱き締めた。
『やめたいか…?忍』
答えないかすが。
『涙が出なくなったら一人前の忍だ。けどな、オレはそう思わない』
『…っく…』
『人間である以上、涙は出るんだもんな。全部オレが受け止めてやるから。誰にも見えないよう隠してやるから』
かすがの涙は全部オレの服にしみこまれて、もう地面に落ちることは無かった。