「言って良い?すっげぇウザイ」
「ぶっちゃけすぎだろ。そりゃあ」
「否定しないんだ。そりゃあそうだよね。なんでそんなにベッタリくっ付いちゃってるの?竜の旦那」
佐助がげんなりした表情になるのも無理は無い。
は今部屋で座って刀を手入れしているのだが、その背中には奥州筆頭伊達政宗の姿が。
もうべったりと、隙間無くくっ付いている。
「ずるいでござる!!政宗殿!」
「Ah?聞こえねえな」
「でさあ、ちょっと切れ味悪いんだけど良い鍛冶屋知らない?」
「あくまでも流すんだ…。その後ろの犬と猫」
佐助の言い方はある意味的を得ている。
キャンキャン吼えている幸村に、毛並みを逆立てて威嚇する政宗。
ぴったりな呼び名だ。
「もしかして――…師匠、竜の旦那の欠片も取り戻したわけ?」
「………」
急にが押し黙った。
しかし後ろの政宗が勝ち誇ったような笑みを浮かべているのだから間違いないだろう。
「…ごめんな…佐助…」
「?」
「お前のこと…取り戻してやれなくて。早く…思い出したいのに」
「あー…」
申し訳無さそうに呟くを見て佐助は少々悪戯心がうずく。
「そうだよねー。何気に俺様より後に会った竜の旦那が先に思い出されちゃうなんてさー」
「ううう……」
申し訳なさから小さくなる。
「だからこれくらいもらわなきゃね」
―チュッ―
佐助はの頬に軽く口付ける。
後ろにいた政宗も、その隣にいた幸村も一瞬何が起こったのか理解してなかったがすぐに覚醒し蒼褪めた。
「猿飛…!!!てめえ!!」
「破廉恥でござる!佐助!」
「いーじゃん、二人はそれぞれオイシイ思いしてんだから」
は別に動じることもなく、また作業に取り掛かった。
『あれくらいでいいなら別にいくらでも構わねえけどなあ』
がそんなことを思っているとは露知らず。
「は?もう一回言ってくれよ」
「だから、俺と一緒に奥州へ帰るんだよ。You see?」
「なんで」
「兄上は伊達の人間じゃねーか。だったら一緒に帰るのは当然だろ?」
政宗のその言葉に反応したのはまず幸村それから佐助だった。
「駄目でござる!!!事情は聞いたがそれとこれとは話が別でござる!」
「そうだよ!!子供じゃないんだから師匠の行動を旦那が制限しないでよ!」
「うるせえ!!」
「…梵「おい」じゃなかった。政…オレはもうあそこの人間じゃないんだ」
「なんでだよ!!お前は俺のBrotherだろ!!」
「オレはお袋と家を追い出された時からもう伊達の人間じゃないんだよ。ま、お前の兄上ってことは変わりないがな」
「……」
その話を持ち出されては政宗には返す術が無い。
それを知りつつもこういう言い方しか出来ないのは捻くれている自分がいるからだ。
「まだ、佐助にかすがちゃんの欠片も取り戻してねえ。オレはまだやることがあるんだ」
「…じゃあ俺も残る!」
「政宗様!!執務はどうするのですか!!」
「知るかそんなもん!」
「おい、伊達政宗。お前はいつからそんな我を通す城主になったんだ?オレはそんな奴に跡目を奪われたのか?」
「…っ!」
「オレを惨めにしたいのか?お前は。違うだろ?ならきちんと己が執務をこなせ。民を守る城主になると…言ってたじゃねえか」
「……I see.解ったよ……」
記憶の欠片を取り戻したは正に独眼竜を意のままに操っていた。
これが、奥州筆頭伊達政宗の兄……。
もしこの人が天下取りをしていたらこの世はどうなっていただろう。
政宗は渋々奥州へと戻って行った。たっぷりの文句を吐いてから。
『てめえら、兄上になんかしたらブッ殺すぞ』
同盟を結んだばかりの相手に言う言葉とは思えない。
片倉が帰り際に胃を押さえていたのは見間違いではないだろう。(※うちの小十郎はコミックス版です)
「佐助――!」
「何?呼んだ?」
「暇?今」
「そりゃあ今は任務も無いけど…?」
はいきなり佐助を呼び出すと自分の稽古の相手をしろと言った。
佐助は最初は驚いたが、久しぶりにと交えると思い了承した。
まあその後幸村から嫉妬の視線を思い切り浴びていたが。
「じゃあ始めるか。でもただやってたんじゃ稽古にならねえからな。オレは自分に制限をつける」
「制限?」
「ああ、オレは小刀しか使わない。これ一本でお前に勝つ」
「また無茶な…。俺様一応十勇士長なんですけど…」
「やってみなきゃわかんねえだろ。佐助は何でも使って良いぞ。オレに勝ったらなんか一つ言う事聞いてやる」
「!!それを聞いちゃ本気で行くしかないでしょ」
ただの稽古のつもりだったが、何故か幸村に信玄までもが立ち会っている。
総大将まで出てきたらこれがまるで決闘か何かになったみたいだ。
「久しぶりにあやつの本気を見てみたいからのぅ」
「兄上―!頑張ってくだされ!!佐助!真田隊の長の名にかけて負けることは許さぬ!」
「旦那――…アンタ言ってる事無茶苦茶なんですけど」
「よし、始めるぞ」
最初に攻撃を仕掛けてきたのは佐助だった。
様子見か、苦無を二、三本に投げる。
はそれを小刀一本で全て弾いた。
「おお♪やるねえ」
「じゃあ次はオレからな」
小刀一本ということはかなり近くまで行かないと攻撃が当たらない。
それに比べて佐助は遠距離でも攻撃する事が出来る。
「近寄らせるとでも?」
佐助は霧隠れの術を発動させた。
視界が全て霧によって遮られる。
「成程…考えるな…」
さっきからドクンドクンと鼓動が鳴って五月蝿い。
これは興奮だ。
戦いの中にいる自分が高まっているのだ。
「おっとワクワクしてる場合じゃねえっと。早く場所をつかまねえと―――…っっ!!!」
来た、来た
幸の時と同じ、頭に走る記憶の波。
政の時と同じ、体の血全部が逆流しているような高揚感。
「さ、すがに…三度目になりゃあ、慣れるもんだな…」
だが光が現れない。
何故だ?!
段々と体が制御しきれなくなっていく。
ヤバイ
「……っうああああああ!!」
は持っていた小刀で己の左手を刺した。
痛みで意識を保とうというのだ。
そして、霧の中にいた佐助は一体何が起こっているのか解らなかった。
「…血の匂い?…なんで…それに今の叫び声は…」
急に心配になってきたが、これは真剣勝負の最中。
忍があっさり敵の前に出るのもおかしいし、これが作戦だとしたら。
「さっさと決着つければいいだけか…」
佐助はの背後を捉えると一瞬で忍び寄りその首元に己の手裏剣を突きつけようとした。
「師匠、貰った――――!!
…っ!!?」
「……ハア、甘いってぇの…」
佐助の目の前には、の小刀。
完璧に気配は消していた。
加えてこの視界。
それでもは正確に佐助の居場所を捉えていたのだ。
「…仮にも、オレは忍として修行を積んだ身だぜ…?これくらい…朝飯ま…え…」
「降参。俺様の負けだ…。……って師匠、その左手…!!」
「これは…違う。なんでもない」
「なんでもないことないでしょうが!!ほら止血するから早く!!」
「…悪…い…」
佐助がに触れた瞬間、辺りが光った。
あまりの眩しさに佐助は目を閉じたが、薄れゆく視界の端でが倒れるのがわかって抱きとめた。
「師匠!?」
霧が晴れ、幸村達にも視界が戻ってきた。
最初に目に飛び込んできた情景は佐助が意識の無いを抱えている姿だけだった。