まだ自分に両目があった頃だっただろうか。
俺が一人で庭で遊んでいる時だった。





『あれ?道間違えた』





木の上から知らない男が降りてきた。
最初は敵かと思って人を呼ぼうかと思ったがそいつは両腕を上げて笑いながら言った。




『待て待て、オレは何もしねえよ。ただ単純に道間違えただけだって。オレは、お前は?』
『……梵天丸…』
『じゃ、梵な。実はオレこの近くに住んでるんだ。お前いつも一人で遊んでるよな、良かったらオレと遊んでやってくれねえ?』
『…べ、別にいいけど…』
『そっか、ありがとな』






そいつの無邪気な笑顔を見たら警戒心なんてとうに無くなっていた。














そして次の日からは毎日決まった時刻に現れた。
いつも珍しい物を持って来てくれたり、色んな事を教えてくれた。













でも俺が右目を失う少し前からは来なくなった。











そして、右目を失った俺は母上にも見捨てられて―――正直、にも見捨てられたと思った。











『梵』

『…!!!』





ある日ひょっこりと現れたお前は居なくなる前と変わらない態度で俺と接してくれた。
どうしてしばらく来なかったのか?と聞くと「旅してた」と言う。






その時はどうして自分も連れて行ってくれなかったのか、とか

なんで黙って行った、とか

兎に角俺は泣き叫んだ。








『勝手に梵を連れ出したら余計ここに入ってくるのが難しくなるからな。言えば怒るだろうし黙って行くしか無かったんだよ』


『何処に行ってたの?』
『…色々なとこ。そうだ、面白い話してやるよ。甲斐に行ったらさ、お前くらいの子がいて――…』

















時々いなくなる

その帰りを待って、土産話を聞く俺。

そんな日々が続いた。










そしてある日、父上から聞かされた事。









『梵天丸…よく聞くが良い。お前にはな…腹違いの兄がおる』

『俺に…兄上が…!何処にいるのですか!父上』


『…この城にはおらん。今は母共々城下で暮らしておる』







嬉々とした知らせは何か不安をよぎらせた。









『どうして兄上は一緒に住んでいないの?』






父上は悲痛な面持ちで黙っていた。
子供だった俺には理解出来なかったが、後にその理由が明らかになる。
















腹違いと言う事は、正室の母上ではなく側室の女と父上の子。

そして先に生まれていても側室の子に城主を継がせるわけにいかず、城から追い出した。
…母上がそうしたらしい。







父上にその話を聞いて、俺はに会いたくなった。







その腹違いの兄に会えるなら、のような人物であればいい。




だが正室の子である俺にいい顔は出来ないだろう。

なら、俺はがいればいい。




















『梵−ずんだ餅買って来たぞっと…どした?珍しいな、こんなにお前が甘えてくるなんて』






…俺に…兄上がいるんだって…』







『…そっか、じゃあなんで梵は泣いてるんだ?』




優しく抱き締めてくれる手は暖かかった。


俺は我慢できずに思いを全て吐いた。










『だってきっと兄上は俺を恨んでる…。城を追い出されたのだって俺がいたから…』



『…俺は梵がいてくれて良かったと思ってるけど?兄上だって梵を恨んじゃいねえよ』






いつも欲しい言葉をくれる。
いつも温もりをくれる。






かけがえの無い存在だった。



















相変らず放浪癖のあるは何処かへすぐ行ってしまう。


だから来なくなった時期は、また何処かへ行ったのかと思いあまり気にしなかった。









だけど今度は時間が異常なほど長かった。








「お前は二度と城に来なくなった」









流石におかしく思った俺は城を抜け出して自分で捜した。
何処でもに関する情報は少なく、最後に立ち寄ったのは老夫婦の家だった。









『おや、坊主どうした?』
『ああ…ある男を捜してるんだ。城下でも聞きまわったが見つからねえ』


『へえ、どんな?』






の特徴を述べると老婆は心当たりがあると言った。






『ああー…ちゃんか。あの子も苦労してのぅ…。一人で病気のおっかさんを支えておったがそのおっかさんも亡くなって…』
『それはいつの話だ?』


『もう十年以上前になるかのぅ…。』




あいつは六年前から城に来ていた。
そんなことがあったなんて…。






『殿様も酷いお人じゃ…。何も女一人と小さな子を追い出さんでもよかろうに』




『…なんでそこで殿様が出て来るんだ?』






まさか、いや、もしかして







ちゃんは伊達城主の側室の子じゃったんじゃ。ワシも昔城に仕えておったからよう知っとる』









目の前が、



真っ暗になった。







は最初から普通に接してくれていた。



右目が無くなってもそれは変わらなかった。






『…俺は梵がいてくれて良かったと思ってるけど?兄上だって梵を恨んじゃいねえよ』








無知だった己を恨んだ。





















全て話し終わると、政宗は眼帯を取った。

「…お前はこの右目をどう思う?」
「…?」





俺の知っているは全てを受け止めてくれた。





じゃあ、お前は?





「…」

は政宗の右目にかかる前髪をさらりと流し、その目を見た。






「お前が生きている証だ。独眼竜に生まれ変わった伊達政宗という証、誇り高い傷跡だよ」









瞳の無い目が疼いた。

痛みではない、これは……





「政宗…泣いてるのか?」





の手が政宗の頬を拭う。
そこには雫が乗っていた。



その雫が急に光出し、あまりの眩しさに目が眩んだ。




「What!!?」
「こ、これは……っ!!」






















「っ…うう…一体何が……!!」



視界が戻って見て見れば隣で倒れているの姿が。
急ぎ起こして意識を呼び戻す。





「……っ…」



が身じろいだ瞬間、首元に一瞬浮かび上がる“雷”の文字。
そしてそれが消えて、が目を覚ます。





「大丈夫か?」



「……」



「お、おいまさかまた記憶がぶっ飛んじまったとか言うんじゃ―――」








もう失いたくない。










「なんだよ…てめえデカくなりやがって。あんなにちっこかったのになあ…梵」



「……今、なんて…?」






もう一度聞きたかった、俺の名を呼ぶ声。







「待たせたな、梵。土産話たっぷりと聞かせてやるよ」







もう見れないと思った、昔と同じ笑顔―――――――。