アイツの口から“伊達殿”なんて素っ気無い呼び方、聞きたくなかった。
幸村は“幸”で、俺は“伊達殿”なんて。





でも、記憶を無くしたって言うわりにはどうして、幸村とはぎくしゃくせず過ごせる?







兄上…七味かけすぎではござらんか?」
「そう?ああお前七味駄目だもんな。こんなに美味いのに」
「某確かに辛いのは好きではないでござるが…兄上のそれは一般人でもきついでござる…」






「Ah?幸村は辛いの駄目なのか?」
「こいつ甘党だからな」



ほら、まただ。




どうして、お前がそれを知っている?

記憶が無いんじゃなかったのか?







「ふう…ご馳走様でした。オレ代金払ってくるから先外行って」



を店内に残し二人は外へ出る。



政宗は幸村の腕を掴み路地に入った。





「ま、政宗殿!どうなされ…!!」




壁にドンと押しやられる幸村。
幸村の顔の直横に政宗の拳が入る。





「なんでお前のことだけ、覚えている?」


幸村を見る竜の眼は寂しさと怒りを含んでいた。






「一昨日…であった。兄上に一つ目の欠片が戻ったのは…」




「ああ…昨日言ってたやつか。取り戻さねえとアイツが消えるって言う」
「聞いていたのか…。そうだ、その欠片で…兄上は某のことを思い出してくれたのだ」





じゃあ何か?


今あいつの中にあるのはコイツに関する記憶だけというのか?




「どうやった?」
「わからぬ…。ただ、少し話をして…そしたら急に光が出たでござる。意識を失った兄上が目覚めた時、欠片は戻っていた」





自分に関する事は自分で取り戻せってことか。
Shit…!!!















「おい二人共―。どこ行ったんだ?」

その頃は一人ぽつんと店の前に立っていた。




「先出とけとは言ったが帰れとは言ってねえっつうの」
ブツブツ言いながらその辺を見て廻る。

すると路地から話し声が聞こえたのでそちらに行ってみた。




「ここかぁ?幸、政宗――「?」へ?」



路地を覗こうとした瞬間、後ろから名を呼ばれた。
振り返るとそこには驚いた顔をした男がいた。














「政宗殿は…兄上とどのような関係でござるか?某にはとても思い入れがあるように見えるでござる」
「…てめえには関係ねえだろうが。戻るぞ」



スタスタと歩いていく政宗の背を見ながら、幸村は今日の手合わせの時の政宗の言葉を思い出していた。




『なんでてめえなんだ…、どうしてアイツの隣で笑ってるのがてめえなんだ!!…あの場所は俺のモンだったのに!!』



あの時の竜はとても悲しみに満ちた目をしていた。

















「久しぶりだなー!どうしたんだよ、まだ放浪の旅中?」


「……誰だっけ?」

「ひで――!!もう忘れたのかよ!!俺だよ!慶次!」
「慶次…?」




大柄で派手な格好をして長い髪を高く結わえた男は慶次と名乗った。
そういえば、夢にもいたような気がする。(多分)




「最近見ねえからどっかで腰落ち着けてんのかと思ったんだぜー」
「まあ今は武田にいるけど」
「うっわー!甲斐の虎のとこ?相変らず大物だな」





「おい、何してやがる」

「政宗?」


と慶次の間に政宗が入り込んだ。
幸村も急ぎ駆け付ける。




「あれ?アンタ奥州の独眼竜じゃん。なんでこんな所に?」
「うるせえ。お前こそなんで甲斐にいる?前田の風来坊がよ」




殺気を飛ばしまくって慶次に威嚇する政宗。
どうやらが絡まれていると思ったらしい。




「政宗、落ち着け。慶次はどうやらオレの知り合いだ」(小声)
「騙されてんじゃねえのか?」
「いや間違いない。だからその殺気しまえ」




「…っち」





政宗は大人しくの前からどいた。







「で、慶次は今何してるんだ?」


「…あれ?…なんかいつもと違うような…」



『『『ギックゥゥゥーーー!!!』』』



「余所余所しくなった?」

「そ、そんなわけねえよ!久しぶりだからだ!!」
「そうかなーー…」





前田慶次。本能で悟る男。




そう三人の脳内にはインプットされた。








「まあ良いや。俺しばらくこの辺にいるからさ。また暇な時会おうよ」
「お、おう!」


冷や汗をだらだら掻きつつ、声を裏返しつつは返事をする。
それでも何も追求せずに去っていった慶次はある意味心が広い。




「あぶねー…」
「前田…殿、侮れないでござる…」
「動物か…アイツは…」


三人とも疲れた足取りで城へと戻った。





















夜――政宗は縁側で一人酒を飲みつつ月見をしていた。





「一人で月見酒か?風流だな」

「…!…」




渦中の人物が現れ、政宗は驚きを隠せなかった

は「隣良いか?」と聞いてきたので政宗は無言で頷く。







しばしの沈黙の後…。





「「…なあ」」

二人の声が重なった。

またも沈黙が広がる。



先に切り出したのは政宗の方だった。



「…どうして幸村のことは思い出せた?」


「……欲しかった言葉を貰えた瞬間鼓動が大きくなった。そしたら霧が晴れるようにすっきりしてさ」


「どんな言葉だ?」






「オレが“”であることに変わりは無いって」






幸らしいだろ、とは笑う。
その笑みにすら嫉妬する。


アイツがをこんな風に笑わせているのかと思うと。








「きっかけは、あいつにとっての俺を聞いた時だ。だから、政宗にとってのオレを教えてくれ」



「俺にとっての――……」