スラクタウンを発ってから五日目、ようやくイクセンへと辿り着いた。
すっかり疲れ果てた四人はひとまず休息をと、帰った挨拶もそこそこにばったりと宿屋のベッドに倒れこんだ。
声をかけようと、頭を叩こうと起きる気配は一向に無い(勿論ジェイは別)
「…すっかりくたびれちまってるね。なあクラース、少しはのクエスト減らしてやれないのかい?
この子…イクセンに戻ってきてもすぐ出かけるだろう?」
「解ってはいるんだが…何分、限定クエストが後を絶たないんだ。しかし最近になってどうしてこう頻繁に…」
ベッドの上で布団もかけずに寝ている三人にマリーは上から毛布をかけてやる。
まるで幼い子供のようにだらしなく眠る三人を見て笑みがこぼれるが、戦いで受けた傷跡や手の豆、汚れなどを見ると痛々しく見える。
普通なら、近場のダンジョンでの依頼が主なアドリビトム。
のように町から町へ、大陸から大陸へ大移動するような依頼はあまり入ってこない。
依頼主が町の住民ではないから仕方が無いのかもしれないがここ最近は大きいクエストが多くなってきた。
が、現れてから。
「…この子は、一箇所に収まるような器じゃないのかもしれんな。渡り鳥のように自由にいる方が良いのかもしれん」
「けど、必ず此処へ帰ってくるんだろ?渡り鳥なら、春には戻ってくるように」
そう、どれだけ遠出をしてもはイクセンに戻ってくる。
「…彼が此処へ帰ってくることを望んでくれるのは我々としても嬉しい。…だが、その都度次のクエストが彼を待ち受けている」
「それだけ、は必要とされているってことなんだろうけど…。大人としては子供を守りたいってのが本音だからねえ」
マリーはあどけない寝顔のの髪を梳く。
その手の感触が気持ちよかったのか、はマリーの方にゴロンと寝返りをうった。
「……そういやあもうすぐギルドの定例会議だったかい?」
「ああ。今回はヴィノセで行われる。そこで…の事を先に話しておこうと思っているんだ」
「!…どういう考えなんだ?」
「は…後々この世界、“グリムラント”を全て廻るかもしれない。各地のアドリビトムに協力を先に仰いでおいた方が良いだろう」
「…世界中、廻る…か。なら…有り得なくも無いね」
願わくば、この無垢な子供に女神の恩恵あらんことを
「ふ…わあ…あ〜…よく寝たぁ。今何時だ…」
寝癖だらけの頭とまだ開ききってない寝惚け眼では目覚めた。
隣を見ればまだ眠っているスパーダとロニ。
ジェイはいない、置手紙のようなものがあった。
“少し町の中を歩いてきます”
そんなに大きくないイクセンの町、まだ戻ってないと言う事は出たばかりなのかもしれない。
は軽くシャワーを浴びて汚れを落とし、頭をはっきり覚醒させるとご飯を食べに食堂へ降りた。
「マリーさん、おはよー」
「おお、おはよう!何か食べるのか?」
「うん。朝定食お願いします」
「任せておけ」
じゅわっ
かちゃかちゃ
ことこと
料理を作る音が食堂でのBGM。
卵が焼ける音、鍋が煮込まれる音、包丁が菜刻む音。
その全てが食欲を刺激する。
朝定食とは、日替わりで毎日メニューが変化するお得な一品。
今日はどうやらオムレツのようだ。
かちゃかちゃと卵がかき混ぜられ、油をひいて熱したフライパンに黄色が広がる。
「おまちどう」
「いっただきまーす!!」
黄色と赤のコントラストを崩して、中から色とりどりの野菜や肉が出てくる。
「やっべえ……久々のマリーさんの料理…。美味い…」
大袈裟に感動していると食堂へジェイが入ってきた。町を全て廻り終えたのだろう、戻ってきてに挨拶した。
「おはようございます…ってもうこんにちはですかね」
「あれ、もうそんな時間?いやあ熟睡しちゃってさあ♪」
食後にカフェオレを飲み、食器を返しに行く。
「さんってこの町に何年住んでるんですか?」
「え?まだ一年どころか半年も経ってないけど…」
「そうなんですか?…へえ」
ジェイの笑みはどういう意味を含めての笑みなんだろうか。
先程イクセンを廻ってきたジェイはに関しての情報を集めていた。
アドリビトムとしての実力はそこそこだが、まだ歳若い彼。
一緒に旅をして人物像は大体判ったが、素性はまだ謎だらけなのだ。
もしかしたら何も出てこないんじゃないだろうかと思ったが、意外とすんなり情報を集めることが出来た。
ただ、出てくるのは同じような内容ばかりだった。
“ある日フラッとこの町に現れた”
“クエストは日常の些細な事でも引き受けてくれる”
“アドリビトム同士仲が良い”
同じ情報ばかり出てきた中で、ジェイが目をつけたのは“ある日フラっとこの町に現れた”という点だ。
ならその前は何処にいたのか、何処に住んでいたのかということが気になる。
「さん、単刀直入に聞いても良いですか?」
「ん?」
「貴方、何者なんです?」
直球としか言いようが無い質問には目を見開いた。
答え辛いと言えば答え辛い、まずは自身の生い立ちを説明しなければならないのだから。
だが、それだと会う人会う人に1から10まで全て話すことになる。
「……オレはオレだよ。“”って言う、ね」
「……そうですね。変なこと聞いてすいません」
敢えて下手に誤魔化そうとはせず、は笑顔で言った。
それを見て、ジェイはこの話はもういいですとすまなそうに笑った。
「そういえば、出発いつにします?どうやら今日さんは外に出られないらしいですよ?」
「は?」
いきなりの一言に、目を丸くしていると食堂の扉が慌しく開いた。
「ぴょんっ!!可愛いノーマちゃんとデートしろこら〜!」
「へ?」
入ってきたのはノーマだった。
の腕を掴むとそのまま引き摺るように食堂を出て行く。
あれよあれよとわけもわからずは連れて行かれた。
「…出発の計画、立てておきますか」
ジェイは溜息一つ吐き、地図を広げた。
一方ノーマに連れて行かれた。
流石に何処に行くのか気になり、ノーマに話しかける。
「な、なあノーマ?何処行くんだ?」
「だ〜か〜ら、言ったっしょ?ノーマちゃんとデートなのだ!」
「なんでいきなり…?」
「いーからいーから!ほら、最初はショッピングから!はい行くよ〜!!」
そのまま何軒もお店を回り、ようやく解放されたのは公園で一息ついた時だ。
「いやー楽しかったぁ」
「それは良かった…(女の子って体力すげえ)」
歩き回って見てるだけだが物凄く体力を使った、対してノーマは全く疲れた様子は見せない。
ベンチに座り込んで、ワゴン売りのアイス屋から買ったバニラアイスを一口舐めると甘さが疲れた体に染み渡る。
「あ、そろそろ時間だ」
「へ、時間って…何が」
「おーい、!」
遠くからでも目立つ赤い服を着た少年が走ってやってくる。
「ロイド…?」
「ほい、ロイっち。後よろしくぅ」
「おう、任せろ!じゃあ行こうぜ」
「へ?ちょっ、え〜〜〜〜!?」
到着するなりロイドはの手を引いて、公園を出て行く。
残されたノーマは自分のストロベリーアイスをたいらげて、宿屋へと戻っていった。
「な、なあロイド。何処行くんだ?」
「オレのお薦めスポット!だけ案内してやるよ」
手を引かれるまま、ついて行くとそこは町外れの小高い丘。そこには一本の樹があるだけで他には何も無い。
「こっちこっち」
「登るのか…?」
ロイドはするするとその樹の上に登っていく。
も後を追うように登っていくと、あまり高くない樹だ。すぐ天辺に着いた。
「ここからイクセンが全部見渡せるんだ」
「…わー……すげえ」
イクセンの町を一望出来、しかも夕焼けが沈む様がとても美しい。
これはかなりの絶景だ。
橙色に染まる町並、海の向こうに沈んでゆく太陽、全てのものが目を惹き付ける。
「…すげえよ、ロイド。ありがとな、連れて来てくれて」
「は特別だぜ!………なあ、」
「ん?」
ロイドは懐から何かを取り出し、拳をに差し出した。
その拳が開かれ、中から出てきたのは銀色に輝くドッグタグ。
描かれた細工はとても細かく、まるで職人が作った物のようだった。
「…これ、俺が作ったんだけど貰ってくれないか?」
「ロイドが作ったのか!?まるで店で売ってるやつみてえ。ありがとな」
受け取り、それを早速装着する。
タグに刻まれた模様は羽根をモチーフにした、ロイドオリジナルのようだ。
「……、俺お前が遠くに行く度、いっつも思うんだ。俺、もっと強くなろうって」
「ロイド…」
「俺がもっと強くなってお前が出かけている間イクセンを守る。本当はついて行ってみたいけど…。
でも、が安心して帰ってこれるように俺はこの町を守るよ。だから、安心して行って来い。そんで絶対帰って来いよ!」
笑顔で差し出された拳、はそれに自分の拳を当てる事で返事をした。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
夜になり、ロイドと別れ宿屋に戻ると其処にはシンクがいた。
「お帰り」
「あ、シンク。今日初めて会うな」
「そうだろうね。ノーマとロイド二人がかりで一日中連れ回されてりゃあそうなるよ」
「え?知って…」
肩を竦めながらシンクはポケットから何かを取り出しに投げつけた。
いきなりだったものの、ひゅんと投げられたそれはの手の中にちゃんと納まった。
「?」
「餞別。アンタまたどっか行くんだろ?」
「え?」
は手の平をゆっくり開く。
中に入っていたのはエメラルドグリーンの石が付いたピアスが片方。
何故片方…?と首を傾げれば、目の前のシンクの片耳に同じ物が光って見えた。
「あれ?これってシンクが付けてるピアス…?っていうかシンク、ピアス付けてたっけ?」
「丁度気に入ったのがあってね、買ったんだよ。でも僕片耳しか開いてないから片方持っててくれる?」
「…ふーん?」
は自分の耳にピアスを付ける。
同じ石が二人の耳でキラリと光る。
「僕が無くしたらそれ返してよ。絶対、手渡しでね」
「おっけー。それまで無くさないよう気をつける」
これはシンクなりの気遣い。
“気をつけて、行って来い”
そう、言っているのと同じ事。
部屋に戻ると、其処にはジェイがいた。
「おかえりなさい」
「ただいまー。今日って一体何だったんだろう??」
わけがわからない、と言う顔をしてソファに座るを見てジェイが笑みを零す。
「“今日一日、さんがアドリビトムである事を忘れさせる”、それがこの町のアドリビトム全員に出されたクラースさんからのクエストだったそうです」
「え……?」
「あちこち引っ張りまわされたでしょうけど、それは彼等なりの方法だったんじゃないですか?
今日一日を楽しく過ごさせる為の」
の脳裏に浮かぶのは今日一日の出来事。
『ぴょん、見て見て!あれ、可愛くない?あ、あっちのお店も見てみよ〜!
ねえねえ、ノーマちゃんにはどれが似合うと思う?
ぴょん、アイス屋さんだ!どれにする〜〜?』
『此処は俺とだけの秘密の場所だからな!誰にも教えちゃ駄目だぞ!
今度は弁当持ってきて食おうぜ!ピクニックとか楽しそうだ!
夜とか星いっぱい出てきれーなんだ。俺星の事だけは滅茶苦茶勉強したからにも教えてやるよ』
「どうでした?今日一日は」
「……楽しかった。最初は色々疑問に思ったけど…すげえ楽しかったんだ」
思えば、生まれてからすぐにアドリビトムに入隊した。
来る日も来る日もクエストで、普通に遊ぶことなど無かった。
別にそれが苦だったわけじゃない。
クエストだって辛いことばかりじゃない、新しい出会いや発見もある。
だからそれでも良かった。
でも、今日一日体験したことは“今までに味わった事の無い楽しさ”。
仕事じゃない、決められた行動でもない。
本当に初めての経験ばかりだった。
「せめて、イクセンに帰った時だけでも心身共に休ませてあげたいって言うのがクラースさんの考えみたいですよ」
「…あー……なんだよもー…」
ずるずるとしゃがみ込み、顔を隠してしまう。
けれど耳が赤いのを見れば一目瞭然、照れている。
「さて、じゃあまた帰ってくる為に頑張りましょうか」
「……ちくしょー…!!なんでも来いってんだ!!!!」
「はい、その意気です。明日の行き先はもう決まってますから後は準備が終わり次第ですよ」
「明日…。先ずは?」
「此処から南東にある小島、そこにある軍基地跡に行きます」