その後も喧嘩売ってんのかこの野郎、と言わんばかりに計算問題が続いた。
その度にジェイが解いていたのだが、とうとう二手に分かれる時がやってきてしまったのだ。
「嫌やー!!また計算問題とかあったらウチ絶対解かれへん!スパーダ兄ちゃんやロニ兄ちゃん当てにならへんもん!」
「うるせー!なあ、もう俺達が行く方にはパスワード無いよな?」
「ええ。あの地図を見る限りじゃもうありませんよ。待っていてくれれば僕らが開けますから」
「もし今まで来た扉に新しいパスワードが追加されてたら?」
「……その時はもういっそ壊して行けば良いじゃないですか」
なんとも面倒くさそうに言う様子のジェイ。
たかだか計算問題付きの扉にこれだけ悩ませられてどうする?と目が言っている。
戦闘に至っては全く問題が無いのに、こんなことで足止めされるのは問題外だ。
「はい、僕達は行きますよ。それじゃあ皆さん、また元気な姿で会えると良いですね」
「「「薄情者――――!!!!」」」
三人の悲しい叫び声を聞きながら、ようやく一行は二手に分かれて進む事が出来た。
「ネガティブゲイト!」
「ブリザード!!」
「風雅!」
「紅蓮剣!!!」
もう、どれくらいになるだろうか。
ロニ達と分かれてから達は連戦を強いられている。
奥へ行けば行くほど警備が厳しくなっているのは解るが、今まで緩かったのが不思議なくらいだ。
流石にこれ以上TPを無駄にしていくわけにもいかない、そろそろ休息をとるなり敵と出会わないようにして先へ進むなり考えるべきだ。
「ジェイ、少し休憩しないか?」
「…そうですね。狙ったかのように僕達の前に敵が出てきますし…。何処か人のいない部屋にでも入って休みましょう」
「メルディもうくたくたよー…」
「アリエッタ…疲れたです…」
流石に魔術師である二人はこれ以上体力を失うと戦いで苦労するのは目に見えている。
敵がいないことを確認し、近くの部屋で休憩をとることにした。
「皆、少しでも回復した方がいいよ」
はTP回復の為にチョココロネを差し出す。
シャーリィに教わっていたパン作りで、この遺跡に入る前に作っておいたものだ。
「あっち上手く外出られたか?」
「心配…です」
「まあ、不安もありますが場慣れしてるでしょうし…それよりどちらかと言えば僕らの方が危ないですね」
「…ん、まあ確かに」
何せ、こちら側は敵が確実にいる最深部へ行くのだ。
どれだけの数が潜んでいるのかは判らないし、強さも未知数。
それにたった四人で挑もうと言うのだから無茶と言えば無茶かもしれない。
「けど、負ける気しないな」
「…なんで、ですか?」
「なんでだろ。でも弱気になってちゃ勝てるもんも勝てないだろ?」
「一理ありますね。負ける気なんてサラサラ無いんです。勝たなきゃ意味無いんですから」
「そだなー!メルディ頑張るよー!!」
どれだけ危険でも、不安でも負けるわけにはいかない。
諦めればそこで終わりなんだから。
敵地のど真ん中でゆっくり休憩出来るわけもなく、早々に探索再会する。
残す扉も最後の一つとなった。
つまりこの向こうにボスがいるということである。
ジェイはふと考えていた。
此処へ来る前にジェイドが言ったあの忠告。
『必ずを一人にしないでください。彼はまだ迷いがあります』
実際此処まで来るのには四人だった。
このまま行けば彼が一人になることはないだろう。
だが…迷いとはなんのことだ?
ジェイドの言葉の意味が読み取れない。
「すいません、さん。ちょっと良いですか?」
「へ?何?」
本人に何かまだ隠してる事があるのかもしれない。
そう思ったら口が先に動いていた。
「さんは一体―――」
「うわっ!!!」
がこっと何かが外れる音がした瞬間、の姿が消えた。
が寄りかかっていた所の壁が急に動いたのだ。
体重をかけていた為、はそのまま後ろへと倒れる。
「!!バイバ!が壁の中へ行っちゃったよ―!!!」
「さん!!…っく、もう開かない…。まさかこんな罠があるなんて…」
“一人にしないでください”
何度も頭の中を駆け巡るこの言葉。
もしや、《一人》と言うのは望む・望まざるに限らず強制的に彼だけ離されることを言うのか。
そうなら、自分達は今現在彼を一人にしてしまった。
「ジェイ……どうする?」
「……仕方ありません…。この奥に進みましょう。もしかしたらさんの所へ繋がる道があるかもしれない」
それは最早希望に近い言葉だった。
そうであってほしい、と言う………
「…ったたたた……。畜生…まさか壁の向こうが滑り台になってるとは…」
文字通り滑り落ちてきたはしこたま体を打ちつけていた。
痛みに耐えながらも、周りを見回すが暗くてよく見えない。
段々と目が慣れてきて、ようやく状況が判断しやすくなった。
「……此処…ミュウ!」
「みゅっ!」
道具袋にいたミュウに声をかければ元気良く飛び出してくる。
「ミュウ…此処の空気…間違いないよな?」
「はいですの。…聖域と同じですの」
やはり、地下にあったのだ。
そこは石版を奉る部屋。
部屋の中央奥に位置するように台座に立てられた石版。
となれば、必ずこの石版を守る者がいるのだ。
「……待っていたぞ………。我が渇きを満たす者…」
「…なっ……!」
一方奥へと進んだジェイ達は目の前の光景に絶句していた。
敵がいると思っていた場所はただの囚人部屋。
しかもそのほとんどが空だ。
の場所に繋がりそうな通路も無ければ、これ以上部屋も無い。
「……?ジェイ、奥に誰か…いる」
アリエッタの指差す方向は一番端の檻。
確かに何やら声が響いてくる。
「…罠という可能性もあります。注意してください」
二人にそう言って聞かせ、先頭を進む。
一番端の檻の中から聞こえてくるのは男の声だ。
もしかしたら敵が捕まった人質のフリをしているのかもしれない。
「此処から出せ言うとんじゃろうが!!」
「腹減った――…」
「二人共少しは落ち着け…」
なんともそれぞれ個性のある三者。
メルディとアリエッタはその声を聞くなりジェイを追い抜いて駆け出した。
急ぎジェイが追いつくと其処には個性的な三人の男達。
「リッド、モーゼス、ヴェイグ!!無事だったか!」
「良かったです…」
「メルディに…アリエッタ!?お前ら此処までどうやって?!」
「嬢ちゃんら二人で来たんか!?」
「見つかるとまずい…。早く逃げろ」
「大丈夫です。この辺の敵は皆倒してます」
二人の登場にも驚いていた三人だったが、そこにジェイが参入してきたことで余計に驚いた。
「初めまして。貴方方がスラクタウンで行方不明になった人達ですね」
「そうだが…お前は?」
「暁の里から今回の捜索に加わりました、ジェイと申します」
挨拶を交わしながらも鮮やかな手つきで鍵を外す。
無事鍵が開けられ、三人はようやく外へ出られた。
「サンキュッ。俺、リッド・ハーシェル」
赤髪に身軽さを重視したような軽装。
「嬢ちゃんらが世話になったのう。モーゼス・シャンドルじゃ」
リッドとはまた色の違う赤髪に眼帯、露出の多い…と言うより上半身はボディペイントのみだ。
「…ヴェイグ・リュングベルだ。ところで三人だけなのか…?」
長い青髪を三つ編みにし、二人に比べれば厚着な格好。
これまた個性バラバラの三人だ。
「いえ、僕らの仲間が別部隊で町民の方々を助けに行きました。…ただ」
「ただ?どうしたんだよ?」
「が……いなくなっちゃったです」
アリエッタがぬいぐるみを抱き締め、目を潤ませる。
その様子に三人は状況を把握したのか、頷きあった。
「よっしゃ、じゃあそのって奴を捜しに行こうぜ」
「そいつも此処まで一緒に来た仲間なのだろう?なら早く見つけてやらなければいけない」
「大丈夫じゃ、今度はワイらが助けちゃる」
まだ何も話していないと言うのに、この理解の早さ。
いや、そんなに深くは理解していないだろう。
ただ、“仲間が一人いなくなってしまった”と言う事だけが彼らに伝わったのだ。