「おやおや、ノックも無しに入室するなんて…上官への礼儀がなってないんじゃないですか?」

「生憎、卑劣な上官に礼儀を弁えるつもりはありませんので」



正面から嫌味のぶつけ合い。

達はジェイドがこちら側の人間で良かったと心から思った。
敵にいたんじゃ精神面で粉々にされそうだからだ。



部屋の中にはクヴァルが一人だけ。
兵士が潜んでいるようには見えない。


これは油断か、それとも自信か。



笑顔で立ちはだかる男からは何も読み取れない。















「…あのお堅いディムロス中尉を簡単に操るように軍部も手玉に取ったのですか?」

「それは人聞きの悪い。頭の悪い連中を丸め込むくらい簡単なものですよ。道具は使われてこそ意味がある。私はあいつらを使ってやったんです」

「…人を“道具”だと…?!ふざけるな!!!」

「馬鹿は従順な道具になるんです。比べて…君達のようなのが一番厄介だ。こうして邪魔をしにくる」













クヴァルは杖を取り出し、魔力を溜める。
そのスピードの速さに気付いたティアが急ぎ、防御呪文を唱えようとするが間に合わない。
ジェイドが叫ぶ。



「全員防御を!!早く!!」



「遅い!!
グランドダッシャー!!!!


大地が裂け、岩が達を襲う。
各々が防御を試みるがタイミングが合わなかった所為で防ぎきれなかった。



「っうわあああ!!」
「きゃあああああ!!」




庇ったシャーリィごとセネルは吹き飛ばされる。
スパーダとはなんとか直撃は免れたが余波だけでも相当な衝撃だ。

それに何より痛手なのはティアやジェイド、リオンのいる場所と二分されてしまったことである。
クヴァルはわざと達だけに魔術を向け、ジェイド達から遠ざけたのだ。












「貴方方がいなくなれば…もっとホーリークレスト軍を操りやすいですからねえ…。悲しむことはありません。後で全員同じ場所へ送って差し上げます」



再度魔力を高めるクヴァル。
リオンが飛び込み、詠唱を止めさせようとするがそこはやっぱり軍人。
詠唱中が無防備になることをちゃんと判っている為、向かってくるリオンを杖で迎撃した。



「っぐ!!」

「リオン!!…っ天雷槍!!!


ジェイドの槍を杖で軽々と受け止めるクヴァル。
余裕から来る笑みを浮かべながら口を開く。



「おやぁ冷静なネクロマンサーと言われた貴方がムキになるとは…そんなに私が憎いですか?」
「ええ、同じ空気を吸うのも嫌です」
「嫌われたものですね……。ではさっさと殺してあげましょう。
…原始にて万物の生きたる燐光…


それは大規模な爆発を起こす呪文。
ジェイドのエナジーブラストなぞ軽く凌駕する。

しかも高度な魔術を軽く扱うクヴァルだ。
当たればひとたまりもない。














為す術無しか


























そう思われた刹那、何かが刺さる音とくぐもった声が聞こえた。










「がっ…」




目の前の男が片腕を押さえて唸っている。
その腕から生えた小刀。

周りを見渡すが、全員投げた様子はない。




だがこれは好機だ。





「今だ!!!!!」
「いっけええええ!!!」




セネルとスパーダが手を組み、が助走をつけ飛び乗った瞬間上へ投げ出す。

瓦礫を飛び越え、空中からクヴァル目掛けては飛び込んだ。









「クヴァルぅぅぅ!!痛めつけてくれた借りだ!!崩襲剣!!!!!!

「ぐっ!!!」

「まだだ!!月閃光、月閃虚崩!!

「がはっ!」

「これはリオン達を苦しめた分!!崩昇襲斬!!


の特攻を合図にリオンも加わり連携を決める。
魔力を高め終えたジェイドの魔術も炸裂する。





「…これで終わりです。
ミスティックゲージ!!!!



「ぐあああああああ!!!!」

















悲痛な叫び声が響き渡り、クヴァルの四肢から力が抜けた。
そのまま床に吸い込まれるように倒れ、やがては動かなくなった。



「……終わったのか…?」

「!見て!」



シャーリィが声を荒げ、指差した。
見ればクヴァルの体がキラキラとまるで粒子のように崩れて消えていく。




「……マナによって生まれたものはマナへと還る…。これが彼の末路です」


「……死体も残らない…。まるで最初からいなかったみたいに……」



はじっとクヴァルがいた位置を見つめる。
















オレもこんな風に消えるのかな


皆から忘れられてしまうのかな
























少し黙り込んだの背中を力強く叩く手があった。
グシャグシャと髪の毛を撫でる手があった。
強く腕を引く手があった。







「俺腹減った。飯でも食い行こうぜ!」

「そうだな。この街のお薦めってなんだ?リオン」

「一番街の宿屋のクリームシチューが評判だ。行くなら案内してやる」







ゆっくりと背を押す手があった。
肩に優しく乗る手があった。




「私もうくたくたです。今日はゆっくり休みましょう」

「そうね、お疲れ様」








振り返ると、穏やかな笑みを浮かべたジェイドと目が合った。
ジェイドは横に並ぶと、にだけ聞こえるように囁いた。








「貴方は消えませんよ」
「…っ」

「彼等がすんなり消えさせてくれないでしょうからね」



「………うん…。オレ、消えない。…皆を守る為に」




この優しい世界を守る為に、生まれたのだから。