エヴァへ向かう船の甲板の上、はキラキラとした瞳で波を見つめていた。
「…もしも〜し、く〜ん?何がそんなに楽しいんだ〜?」
スパーダが声をかければぐるんと勢いよく振り返る。
その様子に一瞬驚いたが、の表情を見れば溜息が出た。
まるで小さい子供のようだったから。
「だって、だって!!見てみろよ!!メッチャクチャ速いしさ!ほらっあそこで魚が跳ねたぜ!!スパーダ!!」
「…ガキみてえ…。なんでこんなにはしゃいでんの、あいつ」
スパーダは隣でミュウを抱き抱えてニコニコ微笑む少女に問うた。
「さん、自分が住んでた町の周りも山や森ばっかりだから船初めてって言ってました」
「へー…。そういやシャーリィもなんだか嬉しそうだな」
「私も海、好きなんです。お兄ちゃんがマリントルーパーの仕事してたの思い出すし」
お兄ちゃんね…とスパーダは呟きながら考える。
兄弟にあんまりいい思い出が自分には無い。
上に兄がいるが、兄と弟なんて関係であったことがあったろうか。
むしろ自分がいてもいなくてもどうでもいいような扱いしか受けたことがなかった。
「スパーダっ!!」
「…っへ?」
急に眼前に現れたの顔。
考えが中断され、戸惑ってしまったがは気にしていないようだ。
「何ぼーっとしてんだよ!あそこの見張り台昇ってもいいってさ!!行ってみようぜ!」
「あ…おお。そうだな」
嬉しそうに自分の手を引きながら走る。
兄弟にいい思い出が無い…と思ったが、と接していると弟ってこんな感じなのだろうかと胸の内が暖かくなる。
彼のような兄弟なら良かったのに。
「おーすっげえ!!海ばっかだー!!!」
「おいあんま身乗り出すと落ちるぞ…っておい!!!!」
まさかそんなことは無いだろうと冗談交じりに言った台詞だったのに、を見れば見張り台の縁に乗っている。
「大丈夫だってー」
「馬鹿っ!!何やってんだお前ぇぇっ!」
青い顔してスパーダはの服を掴む。
怯む様子も無く縁の上ではしゃいでるはそんなスパーダの心境を知る由も無い。
「お?」
「今度はなんだ?イルカか?サメか?」
「綺麗な女の人だ」
「ぬわにぃっ?!」
凄い勢いでの指差した方を見るスパーダ。
その方向には神秘的な雰囲気を醸し出しながら甲板に佇む一人の女性。
「むふふ〜…君も男だねえ…。やっぱり目が行くんだな」
「や、あの人の様子おかしくない?」
スパーダの言ってる意味がよく解らず、兎に角否定してみる。
その人はずーっと何をするでもなく海を眺めている。
「ばぁか。女には色々あんだよ。一人で旅してる時は傷心中だったり人恋しくなってたり」
「…ちょっ!スパーダ!!あの人!!」
「あ?……は!?」
なんとその女性はいつの間にか船の縁に立っている。
只今船は停止してるわけではない、なのにそんな所へ立つのは危険すぎる。
みたいにはしゃいだ子供でもなく女性がだ、もしかしたら飛び込む気なのかもしれない。
「まずいっ!!止めるぞ!!」
「おう!シャーリィ!!其処にいる人見てて!!」
下にいるシャーリィに声をかけてから自分達も急いで下へ降りる。
半分飛び降りる形になったが気にしない。
「危ないですよ!早く降りてください!」
シャーリィの声が聞こえた。
辿り着いた先にはシャーリィが女性の腕を掴んで説得していた。
「おいアンタ!!こんなとこで何やってんだよ!」
「そうだよ!!流石に其処から飛び降りるのは危険すぎだよ。やるなら止まってからにした方が!」
「って違う!!」
のボケた発言にスパーダの厳しいツッコミが飛ぶ。
女性はゆっくりと振り返った。
「…お前」
「え?」
振り返った女性は黒い布で目元を隠していた。
だがまっすぐとを見据えている。
「みゅっ!!さん周りがおかしいですの〜〜!!」
次第に辺りが暗くなり、先程まで数人いた甲板も達だけになっている。
ぞくりとした冷気が背中を這い、身を震わせた。
「さっきまで普通に人がいたのに…」
「アンタ……何者だ。シャーリィ、こっちへ」
「う、うん」
女性からただならぬ雰囲気を感じたはシャーリィを呼び寄せる。
この女性は危険だ、と本能が叫んでいた。
「愚かなる仔よ…自ら滅びの道を選ぶか…」
「アンタ…エルレインやダオスの仲間か…?」
「……やはり、奴等は失敗したのか…」
女性の足元から黒い霧が現れ、女性の姿を隠す。
スパーダが剣を抜き、女性に向かって行ったが何か見えない壁のようなものに跳ね飛ばされた。
「スパーダ!!」
「っ…。なんか邪魔されたぞ」
「愚かなる仔らよ、我等の邪魔をすることは許されない。いずれは世は終焉へと向かう。それまで大人しく待つがよい」
「そんな事言われてじっと出来るかよ!!、あいつ一体何なんだ?!」
「オレ達の世界を壊そうとしてる……“敵”だ!!!」
も剣を構え、走り出した。
すると女性の周りを漂っていた黒い霧が達を覆うように広がった。
視界を奪われ足止めされる。
再び目を開けた時は、女性の姿は消え空は明るくなっていた。
「あいつ…何処へ!!」
「逃げられた…っくそ!」
は悔しさの余り床を踏み鳴らす。
スパーダは事態がよく飲み込めていない所為か苛々を隠せない。
「っおい!なんなんだよあいつはよ!お前何か知ってんだろ!?」
「まってスパーダさん!!さんもそれを調べる為に旅をしてるの!!」
「は?!」
三人はひとまず船室へ移動することにした。
「…つまり、は各地で起こってる事件を調べる為に旅してるってわけか」
「ああ…。さっきの奴みたいなのが前の町の事件にも関与してた。恐らく奴等は仲間だと思う」
「でも相手も目的も判らないから対策のしようが無くて…、それでエヴァにいるホーリークレスト軍の人がさんの証言を必要としているの」
「成程…」
は少し歯痒い思いをしていた。
また、自分は隠している。
奴等が過去“ディセンダー”だった者で、自分も同じディセンダーだと言う事を。
話しても問題無いのかも知れない。
けれど詳しいことがよく解っていない自分が話しても混乱を招くだけかもしれない。
「……ぅ……!!」
「!?」
「何ぼーっとしてんだ?それよか、面貸せ」
「…へ?」
スパーダはガッとの胸倉を掴むと自分の顔を向き合わせる。
「なんで黙ってた!?」
「…」
バレた?!
の鼓動が一際高鳴った。
「そんなヤバイ奴等相手に一人で勝てると思ってんのかよ!?なんで手伝ってくれって言わねえんだ!」
「…へ?」
スパーダの手が離れ、の体は床にどさっと座り込む形になった。
視線を合わせるようにスパーダが座り込む。
「そりゃ、俺達会ったばっかだけどよ。少しは実力もあるつもりだし、行き倒れた俺を助けてくれたお前を今度は俺が助ける番じゃねえの」
は一瞬目頭が熱くなった。
どうして自分の周りにいる人達はこんなにも優しい人ばっかりなんだ。
なんでこんなに恵まれているんだ。
人間じゃないオレが。
「あれ、泣いてんのか?」
「ッ…泣く…?!」
“泣く”って何?
ロニに励まされた時胸が暖かくなった時も、今のスパーダの言葉を聞いて目が熱くなったのも
体が“泣こう”としてたってこと?
「フフッ。すっかり仲良しさんですね。さんとスパーダさん」
「こいつが放っとけなさすぎなんだよ。しっかりしてるかと思えば妙に抜けてたり」
「スパーダが世話焼きすぎなんじゃない?オレは普通だし」
「んだとクラァ!!」
「ぎゃー!ギブギブ!!」
羽交い絞めにされてたけどスパーダの力は冗談程度にしか入ってなくて、シャーリィも笑ってて
オレ、この世界が益々好きになった。