風呂上りの温かい体が体当たりのように飛びついてきた。
おぶさるようにしているから顔は見えないがこんなことをしてくるような奴は一人しかいない。




「わりゅたー、どしておふりょはいりゃなかったの?」
「俺は後で入るから良いんだ。それより、お前頭乾いていないぞ」
「みゅっ」

半乾きの頭を撫でると洗い立ての髪がサラサラと流れていく。
撫でている側としてはこれ以上に気持ち良い頭は無いだろうな。





「ワルター、寝かしつけるのはアンタに任せるよ」
「…言われなくても」
「そ?じゃあ頼んだから。ああ言っておくけど寝付いたからって一人にしたらそいつ大泣きするって」
「!!!」







爆弾発言を残してシンクは談話室を出て行く。
まさかただ寝かすだけの役目にそんな難関があるなんて聞いていない。

当の本人は絵本に夢中になっていて眠る気配はまったくない。
時刻的にももう寝かせた方が良いのではないかと思うのだが…どうやって寝かせろと?



「……う?」


急に窓際に走り出す
窓にへばり付いて、騒ぎ出す。


「わりゅたー、わりゅたー!!!」
「なんだ、何かいたのか……星か」



空には満天の星空。
これを見て喜んでいたのか。

こんなのいつだって見られるから特に珍しいものでもないが、今のコイツには見るもの全てが珍しいんだろうな。
何を見ても楽しめるなんて、少し羨ましい。



「わりゅたー、おそとでてもいい?」
「外に出て何をする?」
「もっとちかくでみたい!!」






外に出ても大して近くはならんが……。
……そうだ。







、星を近くで見たいのか?」
「あいっ」
「じゃあ、見せてやる」




俺はを抱き上げ、窓を開けると星空へ文字通り飛び出す。
勿論普通なら体は重力に引っ張られ落ちるが、俺は違う。

テルクェスを出し、誰もいない夜空へと飛び立つ。


















「わりゅたーしゅごーい!!!」
「どうだ、満足か?」
「あいっ!!あ、うみーー!」


高く飛び上がった為、遠くにある海が見えのはしゃぐ声が聞こえる。
夜の海はとても穏やかで、空を映す鏡になる。


「わりゅたー、うみきれーね」
「…そうか。お前がそう感じてくれて、俺は嬉しい」


その後も空中散歩を続けていれば、最初ははしゃいでいたの声が聞こえなくなった。
見れば穏やかな寝息を立てて眠っている。


「寝たか…」



進路を屋敷へ戻し、散歩は終わった。


















さて、ここからが少し問題だ。





先程のシンクの言葉通りならこのままベッドへ寝かせて俺が何処かへ行けばは泣き出してしまう。
だがこれだけ熟睡しているのなら分からないんじゃないだろうかと思うが、もし泣かせてしまうと後で五月蝿い小言が来るだろう。

風呂に入りに行きたくても、その間のことを考えれば出来ないでいる。






屋敷に戻り、二階へ上がれば嫌な奴と顔を合わせてしまった。
風呂から上がったのか楽な服装に着替え、ベッドの上で剣を磨いていたが俺を見ると露骨に嫌な顔をした。

こいつに頼むのは例え海が猛ろうと嫌だ。

だが…腕の中で熟睡している子供を泣かせるのも嫌だ。









「…悪いが、俺が風呂へ行く間看ててくれ」
「…!…もう眠っているのなら何もすることは無いだろう」
「一人にすると泣くと言っていた。泣かせたくはない…頼む」
「………解った。僕が看ていよう」



今は、私情で動く時じゃないから。仕方なく、だ。



































まさかあの男が、「頼む」なんて言うとは思わなかった。
それ程…を大事に思っているのか?…フン、僕の方が奴との付き合いは長いんだ。


ベッドで安らかな寝顔をしている様子を見れば何も心配する事など無いような気がするが…何をあいつは心配しているんだ。


取り合えず起こさないようにして剣の手入れに戻ると、ふと、談話室に本を置いたままにしておいたのを思い出した。
あれは此処の図書室にあったものだ。
戻しに行こうと剣をベッドの横に立てかけ、部屋を出る。












図書室は一階の奥にある為、少々時間がかかってしまった。
二階へ戻ると、不機嫌な顔をしたシンクがいた。


「アンタ、を置いて何処行ってたのさ」
「図書室だが…。起きたのか?!」
「僕が此処に入ったらアンタの剣に触ろうとしてたよ。子供の傍に剣を立てかけるなんてどうかしてるよ」
「…っ!」


不本意だが、相手は正論を言ってるのでなんとも返せない。
それにの目元が赤いのが見えた。
僕がいなかった数分間泣いていたのか?


「泣き声は聞こえなかったけど、聞いてないとは言わせないよ。こいつ一人にしたら泣くってこと」


そう、ワルターはそう言って僕にを託していった。
半信半疑だった僕は大丈夫だろうと、部屋を出て行ったんだ。


「すまない…」
「しんく、おこりゃないで」
「僕は怒ってないよ。それよりどうして剣に触ろうとしたのさ?」


「あのね、あのけんおしゃべりしゅりゅの。とおはなちちてたの」


「!!」

「何言ってんの??」



僕が置いていったのは、シャルだ。
ソーディアンの声が聞こえるのはソーディアン・マスターの資格を持つ者だけなのに…。
はシャルの声が聞こえたのか!?



『坊ちゃん、大丈夫ですよ』

「!!」


シャルが僕に話しかけてきた。



『坊ちゃんがいなくなった後、すぐに起きて泣きそうにはなりましたけど。僕の声が聞こえたらすぐ泣きやみましたから』




そうか…。
じゃあ泣いてはないんだな…。



「りおんのけん、しゅごいねー。とじゅっとおはなちちてくれたの」
「…そうか」


は嬉しそうにシャルの傍にしゃがみこんで話しかけている。


ありがとう…シャル。









風呂から戻ったワルターが起きているを見て僕を睨んだが、夜中だし絡むのも面倒くさいので適当にあしらっておいた。
再び眠りについたはワルターのベッドで安らかな寝息を立てている。




そして、僕らも就寝した。




























朝になり、凄くはっきりとした目覚めを迎えた。
夢も見ずに深く眠り、それなのにとても清々しい目覚めだった。
こんな風に熟睡することは今まで一度も無かったのに…昨日来たばかりの場所でこんな風に寝付けるなんて…。



部屋を見渡すとまだ寝息を立てているシンクにワルター。
だがクラトスとの姿は無かった。


寝ている二人を横目に着替えを済まし、僕は階下へと下りた。





廊下に香ばしい匂いがする。
パンの焼ける匂いだろうか…風に乗って屋敷内に広がっている。


そのままキッチンに向かうと賑やかな声が聞こえた。




「りおん、おはよー」


足元にぶつかってきた塊をやんわりと抱き上げると屋敷中に漂う香りが一段と強くなった。
どうやら朝食作りを手伝っていたようだ。




「おはよう。、お前早いんだな」
ね、くらとしゅといっしょにぱんやいたの」
「それでか…」


キッチンのオーブンに入れられたパンは丁度いい焼色になり、食欲をそそらせる。
階段を下りる足音が聞こえたからあの二人も丁度起きたようだ。
食堂へ向かえばクラトスがテーブルの上に料理を並べていた。




「おはよう。丁度いい、朝食が出来たところだ」
「そうみたいだな。屋敷中パンの匂いが充満しているぞ」
がパンを作りたいと言ったのでな。もうじき焼き終わる。先に座って待っていなさい」




を床に降ろせば真っ先に昨日座っていた席に走る。
そこは初日のメンバーが用意したであろう、専用席。
我が物顔でそこに座り、皆が揃うのを待っている。




やがて、シンクやワルターが身支度を終え食堂へ集まり

焼きあがったパンを持ったクラトスが入ってきて

このメンバーでの最後の食事が始まった。
















「やれやれ、ようやく終わりか」

「疲れたか?」

「別に疲れちゃいないさ。特に手がかかる事も無かったしね。まあ誰かさん達がいがみ合うのはほとほと困ったかな」

「別にコイツなんかといがみ合っていたつもりはない。勝手に俺に絡んできたんだ」

「僕だってこんな奴といちいち絡む筋合いはない」

「ねえ二人共。それがいがみ合ってるってことなんだけど。解ってる?」

「「合ってない!!…真似するな!!」」

「…息ピッタリだね」

「同属嫌悪と言うやつか…。ん、どうした?




「……でーたさいしゅ…?」






最後に呟いたの言葉はやっぱり忘れさせた方が良いと思う…。