一日目……リッド・ガイ・ジョニー・ルカ











「…限度ってもんがあるだろうが」


そうリッドは呟いていたが、俺は腕の中にいると一緒にぽかんと口を開けていた。



それと言うのも、ピオニー陛下が用意してくれた家と言うのが物凄くデカかったからだ。
これなら十人、いや二十人でも余裕なんじゃ…と思った位デカイ。



「まあひとまず中に入ってみようぜ。これだけ広いと少し掃除した方が良いかもしれないな」

そう言ってドアを開けた瞬間、何かがヒラリと落ちた。
手紙のようだ。ドアに挟まっていたらしい。

それを拾い上げたジョニーが読み上げる。


「えーっと何々?

『よお、来たか。ちょっと手違いで手配しちまったけどまあ大は小を兼ねるって言うし、デカイことに越した事は無いだろ?

 まあその代わり掃除やら家具の手配はばっちりしておいたから。気が利く俺に感謝しろよ。まあウッドロウやアガーテも協力してくれたんだがな。

 ああ、後週に一回はの検査に来いってジェイドが言ってたぞ。そんで俺の所にも連れて来い。これは皇帝命令だからな。

 じゃあ、そういうことで。By偉大なるピオニー様』
   …だとよ」




…あの人は…!!!!





がっくりとうなだれた俺を心配するかのようにが小さい手で俺の頭を撫でる。
ああ…お前はあんな大人になっちゃ駄目だぞ…。



「取り合えず中に入ろうか。間取りも確認しておきたいだろ?」


確かに。
こんな広い屋敷だとは想定してなかったし、キッチンやバス・トイレ位は場所を把握しておかないとな。




そして俺達は扉に吸い込まれるように中に入って行った。






















「じゃあ俺とルカは二階、リッド達は一階を頼む」
「おう。台所を発見しとかねえとな。腹減ったぜ〜、なあ?」
「はりゃへった〜?」
「なんでも真似するんだ。面白いね」
「じゃあ坊ちゃんの為にサクサク捜しますか」




二手に分れ、俺達はホールの真ん中にある階段を上がる。
其処から左右に分かれる廊下、見渡せば部屋、部屋、部屋。



ご丁寧にも扉の一枚一枚にネームプレートのようなものがある。
もしかしたら此処は元宿屋とかだったのかもしれない。
それにこれだけあるなら一つは専用部屋にしても問題ないか…?



「一つの部屋にベッドが四つ…。これなら此処僕らの部屋にしても良いかもね」
「そうだな。荷物とか置いておけるし、中に仕切りもある。共同部屋でも個人部屋でも使えるみたいだ」


部屋の中にはバス・トイレと二段ベッドが二つ。
ソファも簡易ベッドとして使えるものだし、設備はホテル並に良い。
これは陛下達に感謝すべきことなんだろうな。
少々壁も新しいように見受けられる。改築まで施されているのだろうか。




、バルコニーがあるよ」
「う?」


窓辺に立つルカがを呼ぶ。
降ろしてやると拙いながらも歩いていくが微笑ましい。


…だけど、本当に小さくなったんだな。



大きい時も女の子並に可愛かった(お陰で最初は触れなかった)けど小さくなったら性別云々無しで庇護欲を掻き立てられる。
アドリビトムにいる子でも最低11歳とかだったから、こんな幼児は正直言って初めてだったけど。
あのアッシュが一晩面倒看ていた位だから全然手がかからないのかもしれない。





「りゅか、だっこ」
「え?よいしょっ。これでいい?」


だけど……妙に甘えっこになったなあ。
前はが下の子達の兄貴分だったのに。


もしかしたら、甘えたかったのだろうか。

でもそれをどうしたら良いかわからなかったのかもしれない。
小さくなった事で感情に素直になれたのかもしれない。




感慨に耽っていると下からリッドの呼ぶ声が聞こえた。




















「下にはでっかい浴場とキッチンと食堂、後トイレと図書室があったぜ」
「それと談話室に遊技場、バーみたいなもんもあったぜ。しかもちゃんと使える」
「そうか。上には寝室が結構な数あったよ。ドアにプレートが付いていたから専用にしても構わないと思う」
「部屋も綺麗で凄かったよねー
「ねー」



途端誰かの腹の虫が鳴る。



「あー腹減った…。なあ飯にしね?」
「そうだな。じゃあ当番を決めよう。食事係と風呂係、それから寝かしつけ係と明日の朝食係」
「寝かしつけって一番楽じゃない?」
「だけど寝相が悪い人間は却下だ。を潰しちゃうかもしれないからな」



適当にジャンケンをし、係りを決める。
ただしリッドは寝相が悪いので寝かしつけ係からは自動的に外された。
少々文句も言っていたが、本人も自覚がある為反対はしなかった。



「じゃあ俺が寝かしつけ係ってことで。、子守唄歌ってやるぜ」
「僕明日の朝食係か」
「俺は今日の晩飯係、でリッドが風呂係だな」
「何でも良いから飯〜〜〜」
「めし〜〜〜」


を肩車しながらリッドは食堂へ行く。
やれやれ、と苦笑しながら俺はキッチンへと向かう。
さて、今日は何を作ってやろうか。


























「おお!!美味そう!俺このグループで良かった!!」


リッドの歓喜の声が食堂に響き渡る。
そこまで喜ばれると作り手としては嬉しいが…如何せん複雑な思いもある。
このグループで良かったのは皆同意していた。
確かに余計な問題を起こしそうな奴もいないし、比較的温厚な奴等の集まりだ。



これでもし料理下手な奴ばっかりなグループや性格に難有りな奴が二人以上いれば…一日が地獄だっただろう。






食材倉庫は季節の野菜や魚、肉等が豊富だった。
巨大な冷蔵庫には正直驚いたが、新鮮なものがすぐ手に入るなんて有難いことだ。


そこで本日の晩餐はグラタン、シーザーサラダ、ピザと少し張り切ってみた。
なんせ大食漢のリッドがいるからな…そこは量も考えて作ったよ。

は俺のすぐ横に椅子の上にクッションを重ねたものの上に座っている。
汚れないようにとルカがナプキンをつけてやる。


小皿に少し冷ましたグラタンとサラダを乗せてやると一生懸命にフォークやスプーンを駆使して食べる。
食べさせてやった方が早いんだろうが、本人が自分でやりたいみたいだから見守るだけにしておいた。



。ほれ」
「あー?」


ジョニーが少し小さめに切ったピザを持っていくとはぱくりと噛り付いた。
一瞬ヒナが親鳥から餌を貰っているようなその光景に自分の心が動かされたのは秘密だ。



「がい、おいちぃねえ」
「そっかー美味しいか。それはよかった」



ついつい頬が緩みきってしまう。
子供というのはどうしてこう純粋なんだろうか。


















食事も終わると今度は風呂だ。
部屋に備えてあるバスもあるが、やはり大浴場の魅力には人は勝てない。



「おら、。ばんざい」
「ばんじゃーい」


リッドが手際よく服を脱がせている。
自身もさっさと服を脱ぎ、腰にタオルを巻くとを抱え一番風呂へと意気込んで中へ入って行った。


「わあリッドー!いきなりは駄目だよ。お湯熱いって!」


ルカの声に、「あ、そっか」とリッドはそのまま入りそうだった体をUターンさせる。
湯に手を浸け、少し温度高かったらしく顔を歪めた。



「こりゃ駄目だ。少し水入れるぞ」
「どれどれ…うわ。こりゃ熱い」
「入れたてはしょうがないよね…。じゃあその間体洗ってあげて」




リッドは充分泡立てたスポンジでの体をこする。
すると面白くなったのかはスポンジを貸せと手を伸ばす。



「ん?」
「ごしごし、りっどにもしゅるー」


リッドの背中に回りこみ、手を伸ばして背中を流しにかかる
リッドはくすぐってえ、と言っていたが内心は嬉しいんだろう。
なんだかんだ言って頬が緩んでいる。



「おお、いいなあリッド。、俺の背中もやってくれるかい?」
「じょにーのもごしごししゅるー」


今度は意気揚々とジョニーの背中へ向かう。

俺やルカのもすると言ったが、流石にこれ以上はが湯冷めをしてしまうのでやんわりと遠慮しておいた。









「はふー」
「あ〜〜〜〜生き返るぜ〜〜」
「リッド親父くさいぞ」
「良いじゃねえか、気持ちいいんだしよ〜〜〜」
もお風呂好きみたいだ。すごい寛いでる」


リッドに抱えられ、じっと湯につかっている
どうしても子供はもっと手がかかるものと言うのが世間一般のイメージではあるが、の場合は元が青年だったことから全然苦労がない。
ただ日常生活が前と同じ様にはおくれないからこうして俺達の支えが必要なんだろうな。





風呂から上がると眠いのか目を擦り始めた。
時間としてはまだそんなに遅くは無いのだが、今日は色々あって疲れたんだろう。


「もうおねむのようだな。じゃあ俺は寝かしつけてくるわ」


ジョニーはを抱き上げると二階に上がっていった。
その間俺達は談話室へと向かった。















十分くらいしただろうか、ジョニーが降りて来た。
俺達は互いに本を読んだり、剣の手入れをしたりと各々が自由に過ごしていた。











だが、ふと全員の手が止まった。












泣き声が聞こえたからだ。
















「…え?今の…」
「ルカも聞こえたか?!」
「二階…からか?」
「…ってことは」



全員一目散に二階へ上がろうと談話室を飛び出る。
灯りを点け、二階への階段を見ると上で泣きじゃくっている小さな塊があった。





「…………?」




「おいジョニー、ちゃんと寝かしつけてきたんじゃねえのかよ?」
「そりゃあ呼びかけてももう起きない位ぐっすりだったさ」




俺は急いで駆け上がり、小さい体を抱き上げる。
大粒の涙を堪えながらは見上げてきた。



「なんでだれもいないのー!!ひとりぼっちいやー!!」


「……!!」
「な、泣かないで…。…ガイ?」












そうか、そうだったんだ。

俺達は失念していた。




彼は今“こども”だと言う事に。


元が大人だからって、記憶があるからって、手がかからないからって。

結局は事態を軽く見ていたんだ。





この姿になって一番苦労しているのは他でもない本人なのに

今のは甘えたがりになっているのは解っていたのに



















「ごめんな…。俺達が悪かった。ほら、もう大丈夫だろ?皆いるぞ」
「……もう、おいてかない?」
「ああ、置いていかないよ。だから安心しておやすみ」
「……すー……」




背をゆっくり叩いてやると安らかな寝息が聞こえた。
今度は二階へ上がらず、このまま談話室へ戻る。


リッドがいいのか?と言う顔をしたが、俺は何も言わずただ首を縦に振る。



その後も俺達が普通に会話したり、物音がしようともは起きなかった。






夜も更け、俺達も休もうと寝室へ向かう。
が寝ていた場所、ジョニーのベッドへゆっくりと体を横たわらせると俺達も各々ベッドへ入る。
リッドやルカはすぐさま寝入ってしまったようだが、下の段の俺とジョニーはまだ眠れずにいた。




「…なあ、ガイ」
「…なんだ?」
「俺達はまだ自分のガキをもったことはないが…良い予行演習になったと思わないか?」
「……そうだな。実際の苦労はこんなもんじゃないだろうけど、良い勉強になったよ」
が小さくなったのも…俺達に大切なことを気付かせてくれる為…かもな。なんて、柄にも無いこと言ったわ」
「……いや、そうかもしれないな」




その夜は心地良い眠りにつけた。