それは本当に突然のことだったのだ。
「あしゅ」
「ああ?」
いきなり服の裾を引かれた時は何かに引っ掛かったのだと思った。
だが舌足らずな喋りで自分の名前(らしきもの)を呼ばれたのが聞こえ、呼び止められたのだと気付く。
振り返ってみても誰の姿も無し。
視線を段々と下にずらしていけば若草色が見えた。
「……ま…さか…」
更に視線を下げれば真ん丸いデカイ目を視線がぶつかる。
目が合ったことが嬉しいのか解らんが、妙に楽しそうな笑顔を浮かべた。
「あしゅー」
「……ハロルドォォォォォ!!!!!!!」
その時の自分の足は人生の中で一番早く走ったと思える。
「何よ、大声なんて出して。アンタ地声がでかいんだから五月蝿いわよ」
「るせえ!!そんなことより……これは何だ!!!!」
これ、と両腕に抱えたものを見せればハロルドはケロッとした顔で答えやがった。
「何って、見てわからない?じゃない」
「だから、なんでがこんなに小さくなってんだって聞いてんだぁぁぁ!!!」
そう、俺が持っているのはアドリビトムの仲間である。
小さくなっても顔に面影がそのままだからすぐ気付けた。
いや、だから
どうしてが小さくなってるのかって俺は聞きたいんだよ!!!
大体こういう異常事態にはハロルドが関わっていることが多いから此処へ駆け込んだってのに……!!!!
「私の所為じゃないわよ。失礼ねー」
「は…?」
こんな事態なのに、ハロルドが犯人じゃない?
そんな、じゃあどうしてこうなるんだよ!
「ただ昨日体調が悪いってジェイドに相談してたらしく、薬は調合してあげたけど」
「じゃあやっぱりテメエじゃねえかあああああ!!!!」
「でも私が作ったのは幼児化する薬じゃないわよ?ジェイドもキールも皆がそれを断言出来るわ。実験だってしたし」
ちゃんと投薬実験済のものを使ったんだから、と自信満々に言うハロルド。
じゃあどうしてこんなことに……
「ハロルドの言うとおりですよ、アッシュ」
「―――!……ジェイド」
振り返ればドアの所にいるジェイドと目が合った。
持っていた紙を俺に手渡すと、を奪う。
「…これは?」
何やら診断結果みたいなものが書き込まれている。
脈拍やら血圧やら…カルテか?
「の健康診断をしたんですよ。ほら、妙にマナの測定値が低いでしょう?」
「…あ…確かに」
人間の体を構成するマナが異常に減っている。
俺達魔術を使える者はそのマナを消費するが、それは休めば回復する。
だからこんなにも減る事は有り得ない。
「だからハロルドにマナを回復させる薬、もしくはマナの回復を増進する薬を頼んだんです」
「だけど流石にマナを回復させるってのは薬じゃ一時的だし、なら本人の回復力を増力させようと思ったんだけどねー」
小さいはジェイドに抱き抱えられながらもこっちを見て手を伸ばしてくる。
それを見てジェイドが再び俺にを返してきた。
俺の所に来るなり嬉しそうに髪の毛を弄り出す。
「そしたらが小さくなったとでも言うのかよ…」
「多分、彼のマナが我々と違う分効果が違ったんでしょう。彼の持つマナは純度が高い」
「小さくなることで早く体にマナが溜まりやすいんじゃない?消費も減るし、省エネよ」
なんとなく理解はしたが…
「で、いつ元に戻るんだ?」
「さあ」
「何分こういうことになるとは思っていなかったもので。まあここのところ、彼は働き詰めでしたし良い休息でしょう」
「……何故そんなに悠長なことが言える……?」
「「面白そうだから」」
こいつらには任せておけん!!!!
あの後が小さくなっていると言う事は各リーダーには伝えられた。
理由を全て話すのも面倒臭いとジェイドは「体内のマナが減少した所為で影響が出た」としか言ってない。
そしてリーダーから各地のアドリビトムに伝わっていったのだが……
「、俺の名前は?」
「かいりゅ」
「カイルずるいぞ!、俺は?」
「りょいど」
「どいてヨ二人共!、僕は?」
「まお」
小さくなったを囲む輩が朝から晩まで絶えない。
思考回路は幼児になってしまったが、俺達の名前を覚えているあたり記憶が無いわけではないようだ。
舌足らずな口調で呼ばれるのが良いのか、皆必ず名前を聞いてくる。
「おい、にばっかり構っていないでクエストをせんか」
「ぶー!!そんなこと言ったってウィルがさっきに高い高いしてたの見たんですけどー!」
「あ、あれは…その…ハリエットの小さい頃を思い出してだな…」
子供組はまだしも、いい年した大人連中もを構いたがるのはどうなんだ?
取り合えずこんな調子で皆浮かれている。
そして、幼児化したことによる問題点はまだある。
「こんなに小さいさんは何処で寝泊りしているんですか…?」
プレセアがをあやしながら呟く。
隣にいたルーティはそういえば…と腕を組む。
「昨日は俺が連れて帰った」
「アッシュが…?!」
「仕方ねえだろ!俺しかいなかったんだから!!」
顔に“意外…”と書かれたルーティに少し腹が立った。
昨日の段階では俺とジェイドとハロルドしか知らなかったことだし、あいつらに任せればまた変な事をやりかねんからな。
俺しかいなかったんだよ、屑が!
「へー。じゃあ今日は俺連れて帰っていーか?姉貴が喜びそうだし」
「ずっるーい、ティトレイ!私だってと一緒に寝たいー!」
「ファラ…その言い方はどうかと思うわ…。でも私も連れて帰りたい……v」
そして今度は誰が連れて帰るかでもめる。
ああ、面倒くせえな。
おい、あんまり引っ張りまわすな!
が目をまわしたらどうする!!
「こういうのはどうでしょう?」
最終的にを受け取ったのはイオンだった。
にっこりと微笑みながら皆を見る。
全員がその神々しい(?)オーラに気圧されたのか大人しくなった。
「連れて帰るのではなく、の家をひとつ用意するんです。そして世話をする人がそこに泊まる。又は一緒に暮らすんです」
「お、おい家を用意ってそんな簡単に…」
「大丈夫です。ピオニー陛下に相談したら快く空き家を提供してくださいました」
やることが早くないか?
ニコニコ笑ってるが、実は一番の策士なんじゃないか?!
既に家は用意済みかよ!!
「それ、いいわね♪じゃあアミダでちゃっちゃと世話係決めましょvv」
「えー確実性低いヨー!」
「ちゃんと交代制にしますよ。それと未成年者の場合は保護者を必ず付けてください。でないと責任問題やら色々ありますから」
確かに。
子供が子供の面倒を見るなんて、ペットじゃあるまいしそんな簡単にはいかない。
「いおん、おうちかえりゅの?」
「ええ。のおうちですよ。僕も順番が回ったら行きますからね」
「あしゅは?」
子供は何故に視線をそうまっすぐぶつけられる?
じいっと見つめられて、次第に俺から逸らしてしまった。
「………順番が来れば、な」
そう言ったら嬉しそうに笑い声をあげる。
ただ何人かから舌打ちが聞こえた気がする。
『一番最初に抜け駆けしたくせに参加すんのかよ…』
そんな心の声が聞こえてきた気がする。
だが、今だけは勝ち組の気分に浸らせて貰おう。